年4回の開催の中でひとつのテーマを一年かけて議論するテーマ委員会の第2回目が開かれました。今年は、ON-PAMからの政策提言を念頭に「ON-PAMから何を提言するのか?どうやって提言するのか?なぜ、提言するのか?」をテーマに取り組んでいます。
第2回のゲストは、ON-PAMの監事でもある若林朋子さんをお招きしました。若林さんは前職の公益社団法人企業メセナ協議会でプログラム・オフィサーを務め、企業が行う文化支援活動の推進と環境整備に従事されてきました。現在はソーシャルプロジェクト全般に活動領域を拡げ、フリーのプロジェクトコーディネーターとして、編集、執筆、コンサルティング、調査研究、各種コーディネートなど幅広くご活躍です。
若林さんが企業メセナ協議会在籍時に実際に取り組んだ政策提言活動の経験とそこで実感したポイントを、ON-PAMの掲げたテーマに即して分かりやすくお話しくださいました。
日時:2016年7月24日(日)17:00~20:00
場所:角野邸(兵庫県神戸市長田区駒ケ林町2丁目4の1)
ゲスト:若林朋子さん
政策提言について
ON-PAMが今年掲げたテーマ「ON-PAMから何を提言するのか?どうやって提言するのか、なぜ提言するのか~」を見たときに、思ったことがありました。「何を」「どうやって」「なぜ」という順序だったからです。政策提言は、目的をまず示さなければ、ただの意思表示になってしまいます。ON-PAMもまずは「なぜ」からスタートするとよいのではないでしょうか。
そもそも「政策」とは何なのでしょう。
狭義には「政府や自治体、政党などの施策上の方針」、広義には「ある問題を解決するための行動の指針であり、目的と手段がセットになっているもの」。「課題解決や問題回避のために、現行制度を変え、人々の行動に変更を促すための方策や計画、一連のプロセスを体系的に定めたもの」。政策は、何らかの変化を促すためのものです。つまり、政策提言というのは、変えたいこと、解決したい課題があって成り立つものといえます。
ではON-PAMで、現行の文化政策や舞台芸術環境の現状の課題で変えていきたいことは何か。提言する内容は、その目的や、変化を促したい事柄に対応しています。
例えば、
「法律を作りたい、法改正したい」ならば、提言する内容は具体的な「法律や条例」、
「パブリックコメントに応じる」ならば、示された施策における課題の指摘や代替案の提示、
「提案したい政策がある」ならば、具体策や政策の効果、
「政府、議会の決定事項に不満がある」ならば、問題点の指摘、
などです。政策提言活動は、「何を提言しましょうか?」と考えるものではなく、政策提言を思い立った時点で、その内容はおのずと決まっているはずです。では、どのように政策提言するかですが、「誰」に対して提言するのかによって「手段」はさまざまです。ON-PAMは誰に提言しますか?―政府?文化庁?自治体?企業?社会?議員?政党?基幹文化団体?大学?社会に?一般市民に?提言する相手が決まったら、その意思決定構造を把握し、効果的な提言の流れを考えます。どこでどのように政策が決められているのかを見極めて、そこにコンタクトすることが欠かせません。
例えば、
政府→議員、政党、衆参両議院の文化関係の部会など
文化庁→長官、文化政策部会など
自治体→パブリックコメントへの回答など
企業→経団連1%クラブや、単独企業に向けて、企業間の社会貢献ネットワーク
など。
提言内容と相手が決まったら、「いつまでに提言内容を実現するか」というを設定します。提言の具体的方法(ロビーイング、署名、シンポジウム開催、情報発信など)も考えます。
企業メセナ協議会の政策提言活動
今年のON-PAMの政策提言のテーマ「なぜ」「何を」「どうやって」に照らして、私が企業メセナ協議会に在籍した当時の政策提言活動についてお話しします。協議会の現状とは異なる部分があることはご了承ください。まず、「なぜ」政策提言に取り組むようになったのか。企業メセナ協議会の政策提言活動の動機は段階的でした。第1段階は、研究事業の成果発表として提言活動を位置づけたことや、パブリックコメントへの対応が主な目的でした。2007年には、新たに着任した福地茂雄理事長(当時)が牽引役となり、研究事業で取りまとめた「10の提言」を積極的に対外発信し、自治体の首長や政党、議員を訪ねて提言したり、シンポジウムを実施したりしました。メディアへの発信にも注力しました。
第1段階での提言には以下があります。
・「芸術文化のための提言―変革の時代にこそ、創造力の活用を―」および「企業メセナ協議会の提言~次なる10年に向けて【メセナ”pARTner”計画】企業・芸術・社会/創造との対話、メセナへの参加/パトロンからパートナーへ」(2001)
形態:研究成果、決意表明
・「日本の芸術文化振興について、10の提言」(2007)
形態:研究成果、提言
(2006年度の研究事業「企業メセナの成果と課題」の結果を踏まえ、日本の芸術文化・地域文化振興のための政策提言。「1. 総合的な芸術文化振興の推進と、芸術文化基盤の整備を 2. 短期的な効率主義よりも、長期的な視野に立った振興策の策定を 3. 公益法人による芸術文化振興を支える、柔軟な法人制度改革を 4. 先進諸国並みの寄付の優遇税制の整備を 5. 芸術文化振興諸機関の連携と協働を 6. 地域の芸術文化振興を強化する施策の立案を 7. マッチング・グラント制度の開発を 8. 長期的に文化政策を担う専門家(プログラム・オフィサー)機能の配置を 9. 企業による芸術文化の基盤整備に、より一層の理解と参画を 10. 経営資源のひとつ、「人」によるメセナを」、の10の提言を掲げた)
・「公益法人制度改革に関する3つの提言」(2007)
形態:パブリックコメント
(2007年4月「内閣府 公益認定等委員会」の発足にあたり、3月31日付けで公益認定等委員会および委員各位に提出した)
・「公益認定などガイドライン案」(2008)
形態:パブリックコメント(内閣府 公益認定等委員会募集した「公益認定等ガイドライン」等へのパブリックコメントを提出した)
第2段階での提言の動機は、金融危機(リーマンショック)後の危機意識でした。2008年にリーマンショックが起きて、日本経済は極めて厳しい状態に陥りました。市民生活はもちろん、企業の文化活動、芸術文化環境にも影響が出始めていました。こうした状況下、芸術文化や文化支援が経済政策の犠牲になる前に手を打たねばというのが、福原義春協議会会長(当時)の考えでした。「経済復興策として政府はさまざまな手を尽くしてくるだろ。世界恐慌(1929年)時に米国が取り組んだニューディール政策での芸術振興策のようなこともあるかもしれない。しかし、今は時代背景も社会や芸術、企業が置かれている状況も違う。
“オールド・ニューディール”的な方法ではなく、“新しいニューディール”としての芸術政策を考える必要がある。政府があまり意味のない文化経済政策を講じる前に、現場の専門家として対応策を提案できるよう、研究するように」との宿題が、協議会の研究部会に出されたのでした。研究の結果取りまとめたのが「ニュー・コンパクト」という提言です。
参考:ニューディール政策
・社会創造のための緊急提言 「ニュー・コンパクト ~文化振興による地域コミュニティ再生策~」(2009)
形態:政策ビジョン、提言
(経済危機に際し、経済再建策のみを中心に社会再生をめざすことに対する強い危機感から検討を重ねた新たな方策。 1. 循環型社会の再生と創造 2. 地域文化の再生と創造 3. 市民自治による社会的な課題解決 4. セクター間ネットワークの強化 5. 地域間ネットワークの形成の5つの原則を掲げた)
次に「どのように」提言したかについてです。
提言の方法やプロセスは、提言の内容や対象によって異なります。協議会では研究事業を担う研究部会(当時)で恒常的に研究活動を行っていました(月1回~2カ月に1回程度開催、協議会会員の有志を招集、企業メセナ協議会職員が事務局)。
「研究部会」である程度の時間をかけて研究し提言案を作成し、
役員(会長、理事長、理事など)の助言を得て、
「幹事会」(当時。理事企業の担当者による運営会議)で意見を収集し、
「理事会」、「総会」に諮り、
対外的に広報するというプロセスをとっていました。
研究成果を政策提言という形にまとめて発表することは、研究部会発足後の2001年にも行っていましたが、2007年の「日本の芸術文化振興について、10の提言」でロビー活動が始まりました。パブリックコメントに対する政策提言の場合は、募集期限が短く、準備や研究に時間をかけられないため、基本的には事務局で素案を作成し、会長や理事長、研究部会メンバーに個別に相談し、幹事会メンバーに報告。パブリックコメントを提出すると同時に、会員に向けて報告するというプロセスをとっていました。
自分が関わった協議会での政策提言活動を振り返り、ON-PAMの政策提言活動に生かせることがあるとしたら、次のようなことです。まず、ON-PAMが政策提言したいと思う動機や強い必然性を言語化することです。そのためには、内部の研究・提言機能を確立して、パブリックコメントや社会情勢の変化など、緊急の事態にも対応できる体制づくり(日々研究、ネタをためておく)が不可欠です。
それから、ON-PAM内の意思決定回路の確立です。会員組織であるON-PAMは、提言内容や方法について、会員間でどのように意思疎通を図るか、コンセンサスを得るかを明確にしておく。同時に、パブコメ等、急な事案に対し、少人数で勢いをつけて提言をまとめあげる体制と、緊急時の提言の作り方を会員に了承してもらう前提を、日頃から作っておくことも大切です。同じく会員組織である企業メセナ協議会でも、政策提言活動に対する意見は会員によって異なりました。ある会員企業からは、「政策に対するスタンスやポリシーは企業それぞれであり、企業メセナ協議会が政策提言にのり出すのはおかしい」という指摘を受けたこともありました。
内部のさまざまな意見とどのように向き合い提言活動を進めていくか、ロジックを持つことが欠かせません。大切なのは、ON-PAMを牽引する理事会が、提言の内容を含むON-PAMの方向性について、会員に密に連絡、報告をすることです。メディアの露出、専門家の助言とのパイプ作りも重要です。協議会の提言活動では、大手新聞社のほか、通信社が配信してくれて地方紙にたくさん掲載されたことで、全国各地から政策提言に対するコメントが返ってきました。これはうれしかったです。
そして、文化以外の分野のアドボカシー団体とのパイプ作り。企業メセナ協議会では、政策提言活動のイロハを他分野のアドボカシー団体からたくさん教えてもらいました。同じ政策提言活動を行う立場として、いざとなったら後押ししてもらえる体制を日頃から作っておくとよいかと思います。
質疑
Q.研究部会の頻度は?人数は?体制は?
A.おおむね2か月に1回の開催が基本で、研究部会のメンバーは10名ほど。会員企業・団体の有志で構成されていました。企業メセナ協議会事務局の研究部会担当者が、集約した意見をまとめて提言等のたたきを書き起こしたり、報告書を作成したりしていました。実務は事務局員が担当していました。
Q.研究部会での調査・研究内容をどのように設定していたのか?
A.テーマは事務局で案を出して部会に諮り、決めていました。例えばアート系のNPOが増え始めた頃のテーマは、企業とアートNPOの連携についてなど、時事的なものです。
Q.政策提言の発案から発表までのスケジュールはどんな感じだったか。
A.基本のサイクルとして、まず、協議会の毎年度の事業として研究活動があり、研究プロセスはテーマによって1年だったり2年かかることもありました。研究を取りまとめる作業があったのち、それを政策提言にまでもっていく場合は、発案と発表の作業があるという流れです。その後のロビー活動や広報のアクションは事務局が主体となって計画し、理事長や会長と相談して取り組んでいました。パブリックコメントへの対応は、研究事業の一環には位置付けていなかったので、その募集期間に、事務局員が急ぎ取りまとめて、協議会内の関係各方面に確認して提出していました。
Q.研究部会の定例報告の機会は?
A. 部会での議論内容の定期報告は、主に幹事会や理事会、総会で行いました。研究部会はコアメンバー以外にも会員ならだれでも参加できるような仕立てにして、メルマガで開催通知を会員に送り、参加を歓迎していました。実際の参加はあまり多くなかったですが、外部ゲストを招いた部会などは、部会メンバー以外の会員の参加もありました。
Q.企業メセナ協議会特有の問題設定はあったのか?
A. 不景気が続き、芸術・文化を取り巻く環境が思わしくないときに、文化と経済について協議会がしっかり発言していかなければならないという問題意識がありました。また、特定業界の利益を背負わず、不偏不党の立場である企業メセナ協議会だからこそ、中立な立場で、「陳情ではなく提言できる」という強い意識がありました。国にも、政党にも、企業にも、芸術・文化業界全体に対しても、同じ姿勢で提言できるのは自分たちしかいないと考えていました。
Q.2009年の政権交代を経て、2012年に再び政権交代してみて、政策提言活動がどう変わったか?
A. 2012年の政権交代に対応したアクションはしませんでした。2011年に震災が起きて、2009年に発表した「ニュー・コンパクト」で指摘した社会状況が、現実的なものになった感じがあったので、政府よりも社会全体に対して呼びかけることに、より重点を置きました。震災後は、新たに開始した復興支援のための助成プログラムが政策提言的な意味を帯びていたと思います。
Q.現状、あるいはこれまでの活動の成果をどのようにとらえているか?
A. 「10の提言」や「ニュー・コンパクト」で提唱した内容が実現しているものもあります。公共ホールや支援団体におけるプログラム・オフィサーの導入などが少しずつ実現されています。
Q.企業への提言はあるのか?
A. 「10の提言」や「ニュー・コンパクト」は、企業に向けた提言やメッセージも含んでいます。協議会が企業を束ねる立場として「こういうことに取り組んでいきます」という提案ももちろん行いました。
Q.日々の研究は専門家と一緒にやっていたのか?
A. 研究部会のメンバーは、会員企業・団体の有志ですが、企業メセナの現場担当者、シンクタンクの研究者、公立劇場の担当者、助成財団、アートNPOなど、多様なメンバーで構成され、それぞれが専門家でしたので、ありがたい研究環境でした。事務局職員としての日々の研究は、各自が部会の準備を宿題として、新聞記事や関連情報の収集などを行い自分なりに勉強しました。例えば、オバマ大統領の選挙戦の時には、政権公約の文化政策部分を翻訳してリリースするなど。そうしたことは、組織としての意思決定のプロセスを経ずにできることでしたので。
Q.公開質問状は回答されるのか?
A. 2009年に政党に対して送付した「ニュー・コンパクト」に対する公開質問状は、政権交代の機運が高まり政治的に盛り上がった時期だったため、各党から積極的に回答がありました。
以上