【レポート】2016 3/20 シンポジウム1「なぜ国際共同製作か?「国際化」する舞台芸術の意義と課題」

昨年3月20日に京都で開催されたシンポジウム1「なぜ国際共同製作か?「国際化」する舞台芸術の意義と課題」のレポートをご紹介します。

国境越えた共同製作の秘訣は「国際化」しないこと!?
世界の先鋭的フェスティバル・ディレクターたちが語る国際共同制作の現状と理想

2016年3月20日(日)10:00~12:30
<会場>
元・立誠小学校 講堂
(京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2)

登壇者:
・クリストフ・スラフマイルダー(Christophe Slagmuylder)
クンステンフェスティバルデザール芸術総監督(ベルギー、ブリュッセル)
http://www.kfda.be/
・シャンカル・ヴェンカテーシュワラン(Sankar Venkateswaran)
演出家、ケーララ州国際演劇祭芸術監督(※2016年まで インド、トリチュール)
http://www.theatrefestivalkerala.com/
・マーク・ヨーマン(Mark Yeoman)
ノールデルゾン舞台芸術フェスティバル芸術監督(オランダ、フローニンゲン)
https://www.noorderzon.nl/
司会:横山義志(SPAC-静岡県舞台芸術センター 文芸部・国際関係担当)
(記録:中山佐代、編集:横山義志)


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— 国家、言語、文化

横山 これからON-PAM国際シンポジウム「なぜ国際共同製作か?「国際化」する舞台芸術の意義と課題」という題で、まずはこの4人で話していこうと思います。その後は会場の方々にも議論に参加していただく機会を作りたいと思いますので、よろしくお願いします。とりわけ今日いらしている方の多くは舞台芸術の現場に関わっていらっしゃるプロフェッショナルの方だと思いますので、ぜひみなさんの経験も交えてお話しいただければと思います。本当に朝早くからお集りいただきありがとうございました。まだ眠い方も多いと思いますが、これから盛り上げていきましょう。このお三方にもなんとか早起きしていただいて、無事に出席していただきました(笑)。まずは議論に参加していただくお三方をご紹介いたします。まずこちらから、インドのケーララ州国際演劇祭の芸術監督のシャンカル・ヴェンカテーシュワランさんです。それから、ベルギーのクンステンフェスティバルデザール芸術監督のクリストフ・スラフマイルダーさん。それから最後、オランダ・フローニンゲンのノールデルゾン舞台芸術フェスティバルの芸術監督マーク・ヨーマンさんです。よろしくお願いします。というわけで、今日は、ヨーロッパからおふたり、それからアジア代表としてシャンカルさんに来ていただきました。それぞれのフェスティバル、3つともかなり特色のあるフェスティバルなんですけれども、細かいフェスティバルの紹介はまた後で、それぞれのお話をいただくときにするとして、まず全体の話からしようかと思います。一応自己紹介もしておきますと、私はSPAC-静岡県舞台芸術センター文芸部の横山と申します。ふじのくに⇄せかい演劇祭という演劇祭の海外招聘のプログラムを担当しております。
それぞれの方にお話いただく前に、今回のシンポジウムの趣旨をお話しておこうと思います。まず、今回のメインテーマは、なんでわざわざ国際共同製作をするのかということです。国際共同製作って、国内だけで作品を作るよりもはるかにめんどくさいし、大変で、お金もかかります。普通に国内で作品を作るよりもたくさんお金が必要だから、だから例えばどこの国のどういうアーティストと組んで、どの劇場と組んで、どこからこういう助成金をもらって、という話をしますよね、プロデューサーだったら。という風にプロデューサー、制作者というのは、実際的なこと、実際的な計算をすることに頭を使いがちなんですが、そもそも何でやるんだろうということをきちんと問うてみようというのが今回の趣旨です。例えば、最近、助成金申請のために企画書を書く機会が増えていると思うんですけれども、だいたい国際共同製作だと、よく、異文化交流とか、他者を理解するとか、社会包摂とか、ソーシャルインクルージョンとかそういった言葉をよく使うと思います。でも作品を作りたいっていう気持ちは、そういう言葉、抽象的な概念とはちょっと違うものだと思うんですね。例えば、こういう人にこういうことを伝えたいとか、そういう具体的な思いがないと企画としては成功しないと思います。つまり本当のところ、ここにいるみなさんが自分自身がどういう思いでやっているかということを、今日は国際共同製作の非常に重要な仕掛人の方々をお招きしてお話いただきたいと思っています。
国際共同製作には手間もかかるし、お金もかかるんですけれども、一番大きな問題は言葉とか文化の違いだと思うんですね。つまり、今日お話いただきたいのは、何でわざわざよく知らない相手と作品を作るのか。普通、多少よく知っている人とやった方が楽ですよね。それにその方が良い成果が期待できると思うじゃないですか。でも何でわざわざ自分のよく知らない文化的背景なり、自分と違う言葉をしゃべる人なりと作品を作った方がいいと思うのか、ということを考えていきたいと思うんです。もちろんそこには、誤解も生じるかもしれませんし、なかなか自分の思い通りにいかないこともたくさんあると思います。そういったリスクもあるわけなので、色々経験談も交えて、なぜこうしたいと思ったのか、こうしたいと思ったけどうまくいかなかったとか、そういう経験もあればぜひお話いただきたいと思っています。そういう意味での国際共同製作、つまり複数の文化にまたがる作品を作るということを今回主に考えています。つまり国際共同製作、インターナショナル・コプロダクションというと、たんにお金を出し合うというのもあるんですが、今日はとりわけ、作品の中で複数の文化的な背景を持つアーティストが関わる作品ということを話したいと思っています。
このことを考えるときにはたぶん二つ大きなトピックがあると思うんです。一つは言語の問題。例えば、なぜ複数の言語を使うアーティストが出演する作品を作るのか。あるいは複数の言語を使うアーティストが一緒に作品を作るのか。あるいは、特に演劇のような実際に舞台の上で言葉を使う作品の場合、どうやって言語という障壁を乗り越えられるのか。
もう一つは舞台芸術と国家という問題です。例えば、インターナショナルっていった場合、インターナショナル、国際っていう言葉の中には「国」っていう言葉が入っていますね。「国際共同製作」って言った場合に、意識のうえで「国」というものを介在させてしまう可能性がないだろうか。例えば「日本」と「インド」の間で国際共同製作をするっていうときに、どうしても「日本人」と「インド人」っていう風になってしまわないだろうか。つまり、片方が日本人を代表し、片方がインド人を代表する。片方が日本という国を代表し、片方がインドという国を代表するということになってしまわないだろうか。それは一つのリスクだと思うんですね。例えば、私がやっているふじのくに⇄せかい演劇祭ですが、英語でWorld Theatre Festivalっていう名前にしたのは、国際、インターナショナルっていう言葉を使いたくなかったからです。つまり国と国の関係ではない、っていうのが一つのコンセプトで、アーティストとアーティストが個人として向き合うのが大事だと考えたんです。例えば、オリンピックみたいに日本代表とか、インド代表とか、ベルギー代表とか、オランダ代表とかっていう風にしてしまうのは、本当に舞台芸術を紹介するときに良い枠組みなんだろうか。例えば、シャンカルさんが作品を作るときに、「インドを代表する作品を作りたい」と思っているだろうか。日本の劇団が日本で作品を作るときに「日本を代表する作品を作りたい」と思っているのか、といったことですね。ちょっとこれは話し出すと長くなりそうなのでこれくらいにしておきますが、もう一つこの問題に関していうと、特に助成金とかをもらう場合に、「日本」政府から助成金をもらうっていうときに、日本という国を背負う、ということになりがちかもしれない、なる部分もあるかもしれない、ということです。
さらにいうと、間文化的(インターカルチュラル)、複数文化的(マルチカルチュラル)、っていうような言葉があるんですが、そういう風に言った場合に、例えば、逆にインド文化とか日本文化とか日本民族、インド民族みたいに、「民族文化」みたいなものを実体化してしまって、逆に壁を作ってしまう可能性がないだろうかと最近よく考えるんです。それからもう一つは、これからシャンカルさんが話してくださるテーマとも関わってくると思うんですが、オリエンタリズムとかエキゾチシズムとどう付き合っていくか、という問題もあります。
というわけで、前置きが長くなってしまいましたが、そのようなことを、このお三方と一緒に考えていきたいと思っております。シャンカルさんにお話ししていただく前に、簡単に私の方からご紹介を。シャンカルさんが芸術監督をなさっているのはインドのケーララ州国際演劇祭、ITFOKって言うんですけど、まず、ケーララ州、どこだか分かる方?5人、10人くらいでしょうか?(地図を示して)南インドのここ、一番南の端なんです。ケーララ州の人口は3,200万人くらい。実をいうとベルギーやオランダの倍くらいで、人口からすると、結構大きいんです。ここで演劇祭をやっているんですけれども、私は今年1月に初めて行ってきて、お客さんの熱気がすごいのに驚きました。かなり実験的な作品をやっているんですけども、どの作品を見ても、お客さんが長蛇の列をなして、劇場の前にずらーっと並んで待っている、というのがとても印象的で。かなり難しい、不思議な作品をやっているのに、地元のお客さんがたくさん詰めかけているのが衝撃的でした。ケーララ州の歴史についてはまた後でゆっくりお話いただけると思うんですけれども、実はこのケーララ州というのは1957年に世界で初めて普通選挙で共産党政権ができたところなんですね。今でも州政府は共産党政権とそうじゃない政権の間でだいたい行ったり来たりしているようです。その共産党政権ができたときのきっかけの一つが演劇だった。演劇の巡回公演を通じて支持を集めた、という話を聞いたことがあります。今回シャンカルさんは芸術監督として第三世界、非西洋の作品をメインにしたプログラムを組んでいらっしゃるということで、日本からは今年は範宙遊泳が参加していました。シャンカルさんは演出家としても作品を作っていらっしゃるので、その話も聞かせていただけると思います。じゃあよろしくお願いします。

— 複数言語による共同制作

シャンカル ありがとうございます、義志さん。みなさま、おはようございます。義志さんが素晴らしい紹介をしていただきましたので、それについて話していこうと思います。インドから来ました。26の公用語がある国です。それから書き言葉があるものもないものも含めて、非公用語というのも何千もあるような国から来ました。30の州があって、ケーララはその内の一つになります。文化的にも政治的にもかなり他の州とは違う特徴を持った州です。まずは一つ例を申し上げましょう。義志さんが具体的なケースを紹介してくださいとのことだったので、ブリティッシュ・カウンシルの話をしましょう。ブリティッシュ・カウンシルのコミッションが来てティム・サプル(Tim Supple)さんという演出家のプロジェクトのオーディションがありました。『真夏の夜の夢』というものです。俳優のオーディションで、演出家が言語の多様性というところに非常に興味を持っていました。ですので、様々な言語が話せる方を選びました。そしてお互いに話をして、お互いに他の言語は分からないんですけれども、分かるという風に装って交流をする、というようなものでした。これが非常にうまくいきまして、オーストラリアやヨーロッパ、英連邦の国々で上演されまして、非常に成功しました。言語が分からない者同士がこのように交流をしていた、理解できていた、ということになりました。いろんな言語を話す俳優が一緒に話しているということで、言語の多様性というのがまずショッキングだということで人気になりました。これをインドで見たとき、私は違和感をおぼえました。というのは、理解できる、というふりをしているのですが、私たちは言語を知っていたので、お互いの言語が理解できないということも分かるわけです。

— 砂時計モデル、ソース文化とターゲット文化

もちろんこういったケースに対する批判も20世紀後半から出ていました。例えば西洋の演出家が筋やデザインを非西洋文化から持ってきて、それを利用するということがあります。そして、それを異文化の俳優を使ってやるわけです。このような文化を、西洋の文化と東洋の経済を利用して行っていたということです。パトリス・パヴィス(Patrice Pavis)は文化間の交流をアワーグラスというモデルにまとめました。『文化の交差点における演劇Theater at the Cross Road of Culture』(編注:原著1990年、英訳1992年)という本です。その中で、まず砂時計の一番上に、元になる異国の文化があり、それが様々な社会文化、人類学的な多様性を経由して、ゆっくりと下の方に、つまりターゲットカルチャーの方に固まっていく。このゆっくりとした流れが起こっていく。流れていく粒自体は非常にばらばらだけれども、それがだんだんと下流で固まっていく、というようなモデルです。これはかなり批判を受けたものの、やはり西洋ではよく使われる考え方ではないかと思います。この砂時計という比喩がはらむ問題は、流れが一方向であるということ、つまり文化の流れが逆の方向には向かないということです。ソース文化(元になる文化)とターゲット文化の間で、対等の仕方で真の交流が起こる、というわけではないのです。このような考え方で、国際的な文化交流にアプローチをするというのは、やはり問題があると思います。

— 文化の商品化と文化外交

また、この文化交流ということ自体、低迷してきたということが言われています。このような交流の担い手が少なくなってきている。それには西洋が文化を商品のように扱ってきた、ということもあります。相手を知ろうとすることというよりは、貿易のようなかたちで文化交流を行ってきたということ。これは特にインドのような歴史を持つ国にとっては重要です。実際にアーティスティックな交流が起きる前提として、このような意図があるということ。とりわけ間文化的な演劇実践については、まず政府によって文化外交のために利用されたということもあります。例えば、インドの場合は、このようなプラットフォームではなかなか活躍の場を見いだせないようなアーティストもたくさんいました。もしも真の二方向の文化交流を目指すのであれば、やはり多角的な関係が必要となってくるわけです。先程モデレータの方から話がありましたが、真の国際共同製作をしようとすると非常にお金もかかりますし、その中で真の文化交流をするということは非常に難しいと思います。

— 身体による文化の媒介

間文化的なアプローチの演劇について、やはり現代のコンテンツに合ったモデルを作っていかなくてはなりません。つまり、今までのようなヨーロッパが中心となる文化間のモデル、ソースとターゲットという考え方ではないモデルが必要なのです。複数の文化が共存できる、そしてお互いに、双方向に流れていくことができるような関係。このような考え方でなければ、真に有意義な多文化間の関係が築きにくくなってしまうのではないかと思います。そして、文化を媒介するということ、つまりパフォーマーの身体、俳優・ダンサーの身体を使って、そして声を使って、文化を媒介するということ。身体や声には文化に固有のトレーニングによって培われてきた技術が表れます。こちらは、もちろん俳優によっても異なります。ピーター・ブルックの『マハーバーラタ』の俳優たちは、パフォーマンスの伝統を現代的に作り変えていきました。しかし、例えば西洋文化で行われてきたようなやり方で、つまり彼らの伝統的なやり方ではないようなやり方でやるということになると、気をつけなければいけません。つまり、ソースとターゲットの直線的な関係ではなく、アーティストの声や身体によって、いわば四次元的に、文化の流れを媒介させ、共存させなければならないのです。そしてこの場合の媒介は、アーティスティックな必要性に基づいていなければなりません。つまり外交上の必要性ではなく、ということです。

—間文化性

この間文化性ということは、おそらくここ180年くらい言われてきたことではないかと思います。一方、私の故郷ケーララ州では、伝統的なパフォーマンスが何千年も続いています。クーリヤッタムというサンスクリットの劇なんですが、これは手で持つ幕を使って行われます。ここにはギリシャの影響もあると言われます。またカーリダーサの『シャクンタラー』はゲーテにも影響を与えています。こういった文化的な影響というのは長い間存在するものです。私はカリカット(コーリコード、ケーララ州)というところから参りました。ここは今見ると、非常に均一的な社会になってしまったと印象を受けます。しかし、歴史を見るといわゆる単一の文化ではなくて、多くのものが入ってきています。まずポルトガルが入ってきた。バスコ・ダ・ガマはまず最初にカリカットに入ってきました。素晴らしい航海者で、ポルトガルの王の命を受けてやってきたわけですが、そこで様々なアラブ人の商人とも交流するに至りました。ですので、非常に古いアラブの伝統もありますし、ケーララ州に聖トマスがやってきて洗礼を行ったとも言われ、古いキリスト教のコミュニティもあります。つまり、非常に有機的な多文化の歴史を持っていたんですが、それが薄まってきてしまいました。それは一つには国民国家が芸術を外交のツールとして使ってきた結果でもあるだろうと考えています。
私個人の国際共同製作ということですが、『エレファント・プロジェクト』という作品で、美加理さんという日本の俳優とも一緒にお仕事をいたしました。インドにはたくさん象がおります。野生の象もおりますし、また色々なところで観光などに使われている動物もおります。こういった文化、伝統、そして例えば、象などが無理やりパレードなどに引き出されたりすると、これは動物にとっては非常にストレスになるわけです。日本では、象は動物園にしかいません。この象というメタファーを使って作品を作ろうと思いました。ローカルな物語をグローバルなストーリーの中に入れ込んでいこうと思ったわけです。象などの動物の物語は、自然を象徴するメタファーとして使われています。他者に出会うとき、チャレンジが生まれます。他者に対して、同じストーリーを、同じメッセージを伝えられるかどうかということで、そこには他者との対峙があるわけです。これによって、いわゆる見かけ上の「文化」というものを越えて考えることができるようになります。日本の代表ですとか、インドの代表ということではなく、それを越えて作品を作ることができます。人間とは何なのかということを、文化を超えて考える機会になるわけです。こういった間文化的な作品を制作をするのは、なぜなのでしょうか。それは、人生とか文化とか、きまった考え方を考え直すきっかけになるからだと思います。演劇文化や芸術は、つねに相互理解のためのものでもあります。異文化との出会いというか、間文化的なものというのは、国と国とのコミュニケーションではなく、自分の文化と隣人の文化とのコミュニケーションなのです。国家の文化ではなく、自分自身が担い手であるような文化というものがあると思います。隣人とのコミュニケーションを達成するということが、異文化と出会うという体験の本質であると、私は思っています。ありがとうございました。

横山 シャンカルさん、非常に内容の濃いお話をいただきまして、ありがとうございます。少しいただいた話をまとめてみようかと思います。はじめは少し理論的なお話でしたね。イギリス人の演出家がインドに来て、いろんな言語を話す俳優さんが出てくる『真夏の夜の夢』を作ったという話がありましたね。実はインドではだいたい27くらいの言語が話されていて、特に南インドの言語と北インドの言語は系統が全く違うんですね。ケーララ州のマラヤーラム語はドラヴィダ語族といって、北インドのヒンディー語とは全く違う系統の言葉なんです。つまりインド国内においても他の州の方、他の言語を母語にしている方同士でしゃべると、会話が成立しないわけですね。それは、日本とは大分事情が違う、と言ってしまってもいいんですけど、実は日本も100年くらい前までは東北の人と九州の人が会話して理解し合うことは難しかった、という話もあります。それでイギリスの演出家がインドのいろいろな地方出身の俳優たちを集めて『真夏の夜の夢』を作ったときに、別の言語を話す俳優たちを、あたかも会話が成立しているかのように話させていた。ただ、インド人から見たら、会話が成立していないことが分かってしまう、という話でしたね。いろいろな言語を話す人を舞台の上にのせて、本当はコミュニケーションが成立していないのに、しているかのように見せる、ということを批判なさっているのだと思います。つまりこの『真夏の夜の夢』についての批判というのは、本当は異文化の間で、違う言語の間でコミュニケーションが成立していないのに、あたかも成立しているかのように見せる、という虚構が問題だ、というお考えで、シャンカルさんは批判なさっているということでしょうか。

シャンカル はい。言語の違いが分からずに見ていたら一貫性があるように見えるんですが、言語の違いが分かってしまうとそうではないし、それに俳優の会話を見ていると、自然な受け答えには見えません。アイコンタクトもありませんでした。一人の俳優がある言語で話して、次の俳優は、たぶん何かできっかけを決めていて、別の言語で答えるわけですけれども、とても不自然でした。ですので、この国の多様性を表現している、とは思えませんでした。インドでもいろいろなシェイクスピアの作品が上演されていますが、私たち自身のバージョンもありますけれども、もちろんヨーロッパ人やイギリス人から見ると、とても変な感じがするかもしれませんけれども、とにかく私たちのバージョンのシェイクスピアというのはあります。ただ、この作品はスペクタクルとして言語の多様性というものを表現しようとしたんでしょうけれども、全くそれ以上のものではありませんでした。ということで、私はそれを批判しています。

横山 インドで起きている多様な文化の間のコミュニケーションとは全く違うものだということですね。つまり、実際にインドで違う言語の人が出会ってコミュニケーションをするっていうときに、異なる言語同士の人がその違う言語を話しているままではコミュニケーションは成立しませんよね。そういう意味で、実際のインドで複数の文化が共存している仕方とは全く異なるということですね。
それからそのあと、パトリス・パヴィスというフランスの演劇人類学という分野の研究者の説をご紹介いただきました。ターゲット文化とソース文化っていう考え方があって、砂時計のように、ソース文化からターゲット文化へ砂時計のように流れていって、だんだん落ちていくというご説明をいただきましたけれども、この考え方はヨーロッパ中心主義と関係しているんじゃないかというお話でした。つまり、文化というものに、ある種のヒエラルキーみたいなもの、文化と文化が交わるときにある種のヒエラルキーみたいなものが発生する、ということに対するご批判だったと思います。
それから、特定の文化に固有のトレーニングを受けた身体が共存するような舞台に関するお話として、日本人とインド人で一緒に作った『エレファント・プロジェクト』のお話をいただきました。美加理さんというSPACの俳優さんでもある方が出演なさっていました。これは日本人とインド人のコラボレーションというよりも、異文化、異なる文化を超えて、象というもう一つ異なるレベルの、つまり人間と異なるレベルの動物というものを自然の象徴として置いて、自分自身を知るために、日本人とインド人との間でお互い自身を知るために交流をするというお話だったと思います。つまり、異文化に出会うことで、むしろ人間というものの固有性を発見していく、ということをお考えなのだと思います。シャンカルさん、ありがとうございました。
それでは、次はクリストフ・スラフマイルダーさんのお話をお伺いしていきたいと思います。ベルギーのクンステンフェスティバルデザールっていう舞台芸術祭のディレクターをなさっているんですけれども、このクンステンフェスティバルっていうのは、ヨーロッパでも最も重要な舞台芸術祭の一つで、非常に先鋭的な舞台芸術を紹介していることで知られています。まず名前から説明しておきますと、クンステンフェスティバルデザールというのは、「クンステン」というのがフラマン語(オランダ語)で「芸術」という意味で、「デザール」はフランス語でやはり「芸術」という意味なんですね。だから、「芸術祭」という言葉が、二つの言語で表現されているわけです。というのは、ベルギーにおいてはフランス語圏、フラマン語圏のふたつが、あ、あとドイツ語もありますけれども、一番主にはそのふたつの言語がありまして、そのふたつの言語を繋ぐというのがこのフェスティバルのコンセプトなんだと思います。
私がごちゃごちゃいうよりも、クリストフさんご本人にご説明していただく方がいいと思うんですけれども、日本からは岡田利規さんの作品とかも行ってますし、それからSPACの『室内』という作品も招聘していただきました。というわけで、クリストフさんになぜ国際演劇祭をやっていらっしゃるのか、それからできれば具体的なケースに即して、国際共同製作をなぜやってらっしゃるかということをお話いただきたいと思います。

— 二つの言語共同体をつなぐフェスティバル

クリストフ ありがとうございます。どのように始めましょうか。まず名前の紹介をしていただけてよかったと思います。このフェスティバルは1994年に設立されました。ですので、もう20年以上です。ブリュッセルにおけるブリュッセルのためのブリュッセルによるフェスティバルであります。ベルギーの状況については少しお話をしていただきましたけれど、詳しく話すにはかなり時間がかかってしまいます。ただおっしゃったこと、このインターナショナルということ、国際的なという言葉についてですが、この「国」というのが非常にやはりベルギーにとってはなかなか難しい。そもそもベルギーであるということ、ベルギーという国を考えたときに非常にその成り立ちが複雑だということがあります。19世紀の半ば頃、国として成立したわけですけれども、その前は常に他国から、スペイン、フランス、オランダというところから侵略を受けてきました。そして、国としてもヨーロッパで非常に小さいわけですが、非常に興味深い歴史があったために、そもそも我々は何者なのかということを常に問うて来た国です。ヨーロッパのど真ん中にあり、そして今はEUの首都となっています。しかし、それにも関わらず、アイデンティティが非常に欠如してきた、という特殊な事情があるわけです。だいたい人口は100万人くらいですので、ブリュッセルは京都と同じくらいの規模だと言っていいかと思います。ただ、ナショナリティということでいうと、非常に多くの民族が混ざっています。まさにシャンカルさんの話とも関わってくるんですが、ブリュッセルの場合は本当にいろんな人種が混ざりあっています。いろいろなところからこの都市に移民をしてくる、移住をしてくる。お金を持った人の移住もあります。やはりEUの中心ですので、ブリュッセルで仕事をするために、お金を持った人たちも入ってきます。本当に不思議なくらい、色々な国の人々が混ざり合っています。
なぜこのフェスティバルをやっているのか、ということですが、ブリュッセルは政治的には、フランス語を話す地域とフラマン語を話す地域に挟まれている。フラマン語の地域はフランデレン地域(フランダース)と呼ばれ、フランス語の地域はワロン地域と呼ばれています。ブリュッセルこの二カ国語を両方とも公用語としていて、どちらにも属さない都市です。これには少しややこしいところもありまして、政治的には、言語ごとに省庁が分かれています。例えば文化庁もふたつあります。フラマン語のアート、アーティストをサポートするフランデレン地域の文化庁と、フランス語圏のアーティストをサポートするワロン地域の文化庁です。例えば美術館を見ても劇場を見ても、例えば同じ道路に面して、一つはフラマン語の文化、そしてもう一つはフランス語の文化、という風に、別々のものが設立されているのです。つまり、この都市のリアリティということを考えたときに、そこには何か心理的な障壁のようなものが存在している。そのような状況でした。ということで、この二つの文化庁が共同で、つまりフラマン語でも、フランス語でもなく、ブリュッセルにおけるナショナルプロジェクトとしてできないかということで、フラマン語、フランス語、そして英語を使って、3つの公用語でのアートフェスティバルをスタートしたわけです。
これを先程のインターナショナリズムとどのように話を繋げるかというのは難しいかと思いますが、やはりボーダーを超えたアートのプロジェクトとして我々はこの小さなチームでスタートいたしました。そしてプロジェクトの中味についても、芸術的な内容についてもインターナショナルにやっていこうと、目標を明確に設定しました。

— 舞台芸術における新作づくりの重要性

それからもう一つ明確に考えていたのは、作品作り、クリエイションが一番大事だということです。お互いに投資をして、共同製作をしていこう、と。お互いの作品を作っていくわけですから、新しい作品を作るにあたってサポートしていく必要があります。アーティストが新しい作品を作るのを助けるのです。今すでにできているものから選んでいって、これが一番良い作品ですよ、今一番良いアーティストはこれです、というのは簡単というか安全なことなんですけれども、でもやるべきことはそうではない、と思っていました。ですので、ここで考えていたのは、アーティストを見つけて、そのキャリアをモニタリングして、助けていこうと。新しい作品を作成する手助けをしていこうということを決めたわけです。オフィスはあったんですけれども、例えばギャラリースペースなどで上演したりもして、劇場はもっていませんでしたので、その当時はいろいろな町を回っていて、ノマド(遊牧民的)な感じだったと思います。20のパートナーを得て、私たちが作った作品、あるいは共同製作の作品を上演する、というようなことをしました。つまり、形態そのものも非常に流動的で柔軟なものでした。例えば、場所を一つ見つけたら、この場所に合うプロジェクトを見つけようと。あるいは、芸術的なプロジェクトをまず見つけて、文脈として、どこが一番良い場所なのかを探していきました。それからいろいろなジャンルとのコラボレーションもしました。具体的には、ライブアートを重要なものと考えているわけですが、同時に、例えば映画とか、ビデオインスタレーションとか、そういった形態の作品もあります。今日の共同製作はジャンルを超えています。ですから、様々なものを採り入れていきたいということ。
それから、現代的なもの、コンテンポラリーなものを重視するということ。現代的というのは、今現在作られているものです。そして、今を反映しているもの、現在の状況に対処するための戦略を反映しているもの。静的なものではなく、ダイナミックなものです。今動いているものをできるだけ見せていきたい、と思いました。現代の問題に何か解答を与えるようなものです。それもあって、ジャンルを超えて、形態を超えて、様々なものにドアを開いて来ました。だからジャンルを超えた作品に力を入れてきたわけでもあります。それから例えば、私たちのようなかたちでやると、いろいろな問題も出てきます。エキゾチシズムとか誤解にどう対処するのか、というような問いもあります。だからこそ、ライブアートというのが一番重要なのだと思うんです。というのは、誤解や失敗から学ぶことができるからです。今まで様々なプロジェクトをやってきましたけれども、例えば一年間に30から35くらいのプロジェクトがあります。その内の90%くらいは新作です。ですから、リスクをとっているということも言えます。予めこういうものになるということが予想できないわけですから。それから、その瞬間に起きるようなもの。つまり、私自身もすごくびっくりすることがあります。演劇祭のときに、例えばこういうものであろうという風に想像するわけですけれども、実際に目で見たら全く予想外の、ユニークなものであるということが分かる。それがライブアートの醍醐味だと思います。事前にこんな風だろうと予想することができないわけですから。つまり、ライブアートでは、誤解や失敗という経験がふんだんに積めるのです。何か完璧にできあがっているものではなくて、その瞬間に対峙させられるものがあります。

— 固有の言語としての芸術作品、チェルフィッチュとの共同製作

言語の障壁という問題もありました。先程も言語の話が出ましたが、私はアートそのものが言語だと思うんです。アーティストは特定の言語を育てるのです。その言語が人々の間の理解を醸成するのではないかと思います。例えば、身体言語、音声言語、声のトーンですとか、それも一つの言語だと思います。日本に初めて来たときのことを、よく憶えています。岡田利規のチェルフィッチュを偶然に見ました。もちろん翻訳もありませんでしたし、私は日本語が上手ではないので、言葉は分からなかったんですが、驚くことに、この作品にぐっと心をつかまれたのです。そのあと、劇団の方々と話をしました。ブリュッセルから来た私が、この作品に心をつかまれて、ある意味で理解した、ということにびっくりされていました。もちろん、日本の文化、社会に関して全く無知だったわけではありませんが、でもその社会の文化を知るときには当然メディアを介しますし、どうしてもステレオタイプというのが発生します。先入観というものがあるのです。他の人から聞いたり、メディアを通じて聞いたりして先入観を持つものなんですけれども、このように自分自身が個人として、生でパフォーマンスを見ることによって経験するのは非常に貴重ですし、何ものにも替えられがたいものだと思います。そういうプロジェクトをやっていきたいと思っているんです。このようなアーティスティックなクリエイションに出会えば、国境を越えたものであっても、直感的な知識を得ることができると思うんです。ライブアートに触れることによって直感的に分かることで、ある種の文化の理解が可能になると思うんです。
チェルフィッチュには2007年に『三月の5日間』をブリュッセルでやっていただきました。これって何、これは誰というような反応がまずありました。一方で、ヨーロッパでも、こんなカンパニー、こんなアーティストは初めて見た、とも言われました。このカンパニーが日本以外のところで上演をしたことは、私たちの双方にとって、素晴らしい経験になったのだと思います。ヨーロッパ側でも日本側からも、新たな機会が、アーティスト個人に対しても、それからオーディエンスに対しても開かれたのだと思います。アーティストがいつもと異なるオーディエンスと対峙するというのは大変だとは思いますけれども、素晴らしい経験になったと思うんです。自分の言語を理解しないオーディエンスの前で上演するということですから。テキストが字幕で投影されると、経験がどうしても乖離してしまうということはあります。ただ、俳優や演出家にとって日本人以外の人が見ているというのはやはり特別な体験だったと思います。言語を別のコンテクストに置き換えるということは簡単なことではありませんが、やってみて、そしてうまくいかないときにはそこから学べばいいのです。それが開眼につながる、何か思ってもみなかったことに気がつく、ということもあります。これは舞台芸術にとって、とても重要な経験だと思っています。

— ヨーロッパ中心主義からの脱却

先程のシャンカルさんも、ヨーロッパ中心主義という問題に触れていました。ブリュッセルはとても国際的な場所ではありますが、長年の間、そのヨーロッパ中心主義を、「我々はまさにそのヨーロッパの中心だ」と思って生きてきたところがあります。私たちの文化を他の文化が学ぶべきだ、という風に考えていたところがあったのではないかと思います。私たちは今それを見直していかなければならないと思っています。でも、場合によってはそれを直視するのが難しいときもあります。我々はもはや中心ではないということ。我々も新しい考え方、他の国や大陸がやっていることも学んでいかなければならないということを自覚していくこと。アーティストとして、このことを学ぶということ。それを直感的に、ヴィジョンを持って経験し、学んでいくということが重要だと考えています。「私たちが今まで学んできたことが唯一のやり方だ」というような考え方を捨てていくということ。我々のフェスティバルというのはまさにこのヨーロッパ中心主義的な考え方から脱却することを目指したものです。

— 複雑なことを複雑なまま受け入れること

もう一つ大事なお話がありましたね。一緒に仕事をする相手が誰かということ。ここにもやはり国籍や、たとえば宗教といった要素も入ってくるということ。ヨーロッパの場合は「他者」というと、特に「宗教の違う相手」ということが重要になってきていると思います。しかしそれだけではなく、年齢が違ったり、性別が違う、ということで「他者」として捉えることもあります。そしてそれによって敵対する相手、脅威や危機を感じる相手という認識をして、一方で共同の敵がいるのであれば、味方としてグループを作る、というような考え方が起こってきていると思います。これはいかに「われわれ」を構築していくか、ということに関わってきます。このような考え方には気をつけなければいけない。さまざまなメディアにおいて、言葉を使って物事を単純化しようとしていることがあるのだと思います。しかし、現実は非常に複雑です。それでも、私たちは理解しようとします。その結果として、単純化してしまうということが起きているんだと思います。しかし複雑なものを複雑なものとして受け止めるということも重要ですし、アートにおいては、現実を理解するために、複雑なものを複雑として捉えるということも重要だと思っています。

— アーティストの社会的責任は夢を見ること

そしてもう一つ今のヨーロッパで非常に感じるのが、政治的な側面です。いろいろなことが起きています。少し世界的な脅威ということでもお話をしましたけれども、ヨーロッパでも過去10年間を見ると本当に色々な危機がありました。すると私たちは罪の意識を感じます。アーティストもやはりどこか自分たちにも現在の危機の責任があるのではないかと考える。そして政治的な責任があるのではないかと考える。そして政治的責任を意識した結果として、助成金が減ってしまったりという状況にも直面したりするんですが(笑)、ブリュッセルではこの社会に対するアーティストの責任ということを考えようということが起こっています。アーティストはある意味直感的に、現実を越えていくことができるのではないかと思うのです。アーティストが社会的問題に対してコメントすることばかりを期待されていると感じることもあって、それには少しがっかりさせられました。しかし、それだけではなく、アーティストにはヴィジョンがあり、ドリーマー(夢見る人)という言い方をすると少し陳腐な言い方にも聞こえるでしょうが、あえて言いますと、最良のアーティストというのは、ヴィジョンが見えている人たちだと思います。何か今ここではっきりと形作られているものだけでなく、見て分かるものだけでなく、私たちがまだ話すことができていないような言語、何かまだ現実になっていないリアリティを感覚的に提示することができる人なのではないか。

横山 クリストフさん、ありがとうございます。「芸術作品そのものが一つの言語である」という話が非常に印象に残りました。今回のセッションのキーワードにもなり得るんじゃないかと思います。なぜクンステンフェスティバルをやっているのかというお話でしたが、1994年に始まったんですよね。たしかベルギーが連邦制になったのが1993年ではなかったでしょうか?それまで一応一つの国家だったのが、フランダース、つまりフラマン語圏と、ワロニー、つまりフランス語圏の連邦国家になったのが1993年ではなかったでしょうか?

クリストフ ちょっとややこしいのですが、地域というより、言語コミュニティによる連邦制なのです。それは確かに93年なのですが、このようなコミュニティ自体は1970年代に出来てきました。ブリュッセルがフランダースかワロニーかどちらかであれば分かりやすいのですが、ブリュッセルの場合は、学校にしても、フラマン語とフランス語の二つのネットワークの学校があります。とにかく全部言語で分かれているのです。

横山 というのは、ブリュッセルというのはフラマン語圏の中にぽっかりと浮かんでいる町なんですけれども、そのブリュッセルの中ではフランス語がマジョリティだったりするんですね。そこが複雑なところで。だから、そもそもブリュッセルという町自体がインターカルチュラルな町だった、ということがあって、だからその町自体の中にあるボーダーを越えるためには、言語や文化を越える試みが必要だった。それから、ベルギーという国自体のアイデンティティを考えるときに、一つの言語とかではなくて、ヨーロッパ全体の中で、いわばその中心にある、というベルギーの位置を考えることが、とても大事だったということだったと思います。
もう一つ面白かったのは、「芸術作品自体が一つの言語である」というお話でしたけれども、というのはこのベルギーっていう国がふたつの共同体に分離してしまったときの一つの契機が、フランス語とかフラマン語っていう、オランダ語の一種だと考えていただければいいと思うんですが、つまり一種の国語、ネイションの言葉というものが二つ以上ある。で、その言葉によって共同体が分けられているということだと思うんですね。日本語の歴史を考えていただいても分かるように、「国語」っていうものは非常に人工的なものであって、国民国家っていうものが出来ることによって、つまり、ある種の政治的な結合によって普及させられるものであって、元々はそれぞれの地方でいろいろな言葉をしゃべっていたのが、政治的な統合が出来ることによって同じ言葉が話されるようになるということだと思います。ただベルギーの場合には、スペインに支配されたり、フランスに支配されたり、オランダに支配されたり、いろいろな歴史がある中で、今のところフランス語とオランダ語系のフラマン語が優勢であるという状況になっていて、ふたつのコミュニティが出来てしまっている。
ただ、先程岡田利規さんの例を出していらっしゃいましたが、アーティストが作る言葉というのは国語とは違うものだ、ということですね。国語とは違って、身体を通じて、その言葉を直接介さない人にも何かしら訴えかけることができるような言葉である、とクリストフさんはおっしゃっていたのだと思います。それによって、つまりアーティストが発明する言葉というものによって、言語が違う共同体のあいだにも橋がかけられるんじゃないか、というのがクリストフさんがおっしゃりたいことだったのではないかと思います。
では最後にマーク・ヨーマンさんのお話をお伺いしていきたいと思います。実はマークさんとは今朝初対面です。KYOTO EXPERIMENTプログラム・ディレクターの橋本裕介さんのご紹介で今回ご登壇いただけました。オランダのフローニンゲンというところで、ノールデルゾン・パフォーミング・アーツ・フェスティバルというフェスティバルを8月にやってらっしゃいます。私もこちらのフェスティバルにはまだお伺いしたことがないんですが、日本からはチェルフィッチュや庭劇団ペニノなどが参加しているそうです。昨年のプログラムを拝見したら、例えばインドネシアのエコ・スプリヤント振付『Cry Jailolo』とか、フィリピンのアイサ・ホクソンの『Host』とか、結構アジアのものもたくさん取り上げていらっしゃるようです。私もマークさんのフェスティバルについてはよく存知上げないので、自己紹介も含めてお話いただければと思います。よろしくお願いします。

— 白人中間層のフェスティバルをハイジャックする

マーク ありがとうございます、義志さん。みなさま、おはようございます。マーク・ヨーマンです。ノールデルゾン舞台芸術フェスティバルの芸術監督をしています。オランダの北部になります。簡単にご紹介をさせていただきたいと思います。ちなみに、この中でアーティストの方、手を挙げていただけますか?プロデューサー、プレゼンター、制作の方々はどうでしょうか?ではこの内で京都に初めていらした方は?私もそうなんですけれども。昨日の夜遅くまで起きていたという方は?京都にいる間に、カラオケに一度は行こうと思っている方?ではカラオケのコラボレーションもできそうですね(笑)。
一つくらい私の秘密をシェアしておきたいと思っているのですが、準備をあまりしてきませんでした。共同製作にはいろいろあるのですが、どういう方がいらっしゃるか分からなかったので。秘密の一つは、眼鏡をかけないとメモが読めない、ということがあります(笑)。でも眼鏡をかけると、みなさんが見えないので(笑)。夜更かしのせいもあると思うんですけれども(笑)。
まず、ノールデルゾン舞台芸術フェスティバルというのは、ちょっと変わったフェスティバルです。どこが変わっているかといいますと、とにかく人気があります。ルーツは25年くらい遡ることができます。人口20万のとても小さな町ではじまったのですが、はじめは夏のバンドのイベントでした。2001年にこの都市を訪れたのですが、とても成功していました。夏のバカンスの社交的な雰囲気もありまして、とても良いイベントでした。白人の中間所得層の町、という印象を受けました。これを国際化してやろうというのは、ちょっとハイジャックするようなものだったと思います。フェスティバルのプログラムも、いろいろなことを試してやろう、という感じではなく、人が集まるのを楽しむ、という感じだけだったんです。私はより思い切ったプログラムを入れるようにしました。そしてプログラムも、どうしてもインターナショナルにしよう、と思ったわけではないのですが、次第にそのようになっていきました。そしてよりコンテンポラリーにしなければ、と思ったわけでもありませんでした。環境の中で、自然とそのようになっていきました。国際共同製作をやっているんですけれども、これもやはり自然とそうなったというものです。特に計画したわけではありません。例えばテーマを決めて、今年はインターナショナルにするぞ、と言ってそうしたわけではありません。だからといって受け身だったわけでもありません。環境をつくっていかなければ、受け入れられるものではないのです。

— 地図を作り直していく

私はイギリスで育ったんですが、これも秘密です(笑)。実は、島国育ちでした。イギリスは60年代には、世界の中心だと思っていました。もちろんこれはイギリスだけではないかもしれませんけれども。地図を作った人たちは、自分の国を真ん中に置いていました。それで、そういう風に世界を見るようになるのです。それからスコットランドのアバディーンというところにいたんですけれども、80年代にはこの小さな町が世界の中心になるわけです。そして、その他の島が右や左や色んなところに置かれていく。ここはスコットランドの中心だ、とか、あくまで自分がいるところが中心になります。私たちはそのように考えがちなのです。
オランダの北にある小さな町で、国際フェスティバルということで、国際共同を始めました。オランダの作品をやっているところはたくさんあったので、何か違うことをやってみようと思ったわけです。2001年は、かなり国際化が起きてきたときでもあります。インターネットが入って来て、私たちがポケットにインターネットを入れて持ち歩くことができるようになってきたところです。そろそろ自分たちの地図を作り直していく時期が来ていた。新しい地図は私たちのポケットの中に入っている。世界の見方も変わってきます。電話をかけていると、相手がどこにいるか忘れたりしませんか?相手が地球の反対側にいるにも関わらず、まるでとなりにいるような感覚でしゃべってしまうときがある。こういう環境の共有がこの10年、15年間起こってきた。この文脈の中で、私がフェスティバルの責任者になって、今日に至るわけです。

—「インターナショナル」という言葉は使わない

こうなると、「インターナショナル」という言葉は、この新しい地理的状況にはあまりそぐわないのではないかという気がします。まず政治的な響きがありますし。それに「インターカルチャー」というのも、少し長過ぎる気がします。なので、そういった言葉は使わないようにしようと思いました。このフェスティバルでは、もう15年くらいになりますが、インターナショナルという言葉は使っていません。サイトを見ていただいても載っていません。そう言ってしまうと、そこに何か距離が、あるいはバリアのようなものができてしまう気がするからです。つまり、他者ではないということ。他者であって、他者ではないということです。
文化というのは本当に不思議なものだと思います。ヨーロッパの文化というと、アレキサンダー大王はかなり広い地域を征服したわけですが、ヨーロッパの端はアジアとの境界線になっています。西ヨーロッパの人にとってはウクライナの東部はかなり遠いところですが、今はヨーロッパの一部ということになっています。少なくとも政治的には。ウクライナの東部に行くと、町の真ん中に広場があって、それがヨーロッパで一番大きな広場だ、と言われていたりします。彼らはヨーロッパだと考えている。文化的なこともありますし、インターナショナルという言葉でこの政治的・文化的なバリアを超えることはなかなか難しいと感じたので、使っていません。
もちろん私たちの状況は他のところとは違います。オランダ北部にある小さな街ですので、まずは現実を見よう、ということです。アカデミックな知識ではなく、現実を見て、楽しい夕方の時間を過ごせるようにしよう。振付家がこういったことを考えているからとか、そういったことだからというではなく、それは脇に置いておいてやる、というのが私たちのやり方でした。例えば、火曜日の夜に出掛けていって、その場所のコンテクストの中でディスカッションをする。自分たちが置かれたコンテクストの中で。なかなか会話が難しい場合もあります。

— 「この人と仕事をする」

国際的な共同製作ということでは、私はスイスのフェスティバルと一緒に仕事をしています。テアター・シュペクターケルというチューリッヒのフェスティバルです。8月に開催されています。いろいろなことを共同でやっています。共同製作だけでなく、同じ作品を紹介したりもします。ただこれもシンプルに考えたいんです。例えばサンドロ・ルーニン(Sandro Lunin、テアター・シュペクターケル芸術監督)といった人と仕事をする。フェスティバルと仕事をするのではなく、市と仕事をするのではなく、この人たちと仕事をする、という感覚なんです。ですので、国際共同製作といっても、私のシンプルな考え方だと、誰々さんと仕事をする、と考えます。例えば、その人がチューリッヒのコンテクストにしか目がいっていないのであれば、二つのフェスティバルは全く違うので、彼のコンテクストがどういうもので、私のコンテクストがどういうものなのか、考えなければいけないでしょう。例えば、彼が「ヨーロッパのものでなければ燃やしてしまおう」というような人であれば、それは知っておかなければいけませんが(笑)。まず最初にスタートさえしてしまえば、シンプルにやっていくことはできると思います。何もしないというのも一つの選択ですし。シンプルなやり方を考えていくということ。まあ私はときどきシンプルにしすぎるきらいもあるのかもしれませんが。
そして次のステップとして、ネットワーキングをしています。ヨーロッパのフェスティバルは、たぶん外部から見たら、私たちも他のヨーロッパのアートフェスティバルも同じに見えるかもしれません。ところがヨーロッパのアートフェスティバルというのはそれぞれ違うわけです。お互いに違うアートフェスティバルをやっている、ということを楽しんでいます。ちょっとドアを開けてみると、様々な違ったイベントが見えてきます。そして国際共同製作のときには、対話は複雑になりがちですが、ドアはシンプルに開けていこうと思っています。

— 「商品」にはしない

また、眼鏡をかけさせていただきます(笑)。どうして共同製作を国際的に行っているのか、ということでしたね。もちろんいろいろなフェスティバルがあって、様々な人がいて、古典的なものをやるところ、新しいものを作るところ、見せるだけのところ、といった違いがどのように影響するのか、といったことにみなさんの関心があるのだと思います。私たちの経験では、日本でもそうかもしれませんが、作品への見せ方が、とても消費者目線になっていることがあると思います。例えば、チリのサンティアゴ・ア・ミル国際演劇祭は1月にありますが、そこに行くと多くの同業者がいて、「まだ良いものが出てないね」とか、「すごく良いものはないね」とか、そういうことを言うことがあります。そういう話を聞くと、ちょっとイラっとします。もちろん他の環境に持っていきたいということですから、買いたいものがないという場合もあります。「買う気がするような作品がないな」、というようなコメントを聞くこともあります。「購入する」という感じで見るわけです。コモディフィケーション(商品化)ということを考えるときには、どうしても人との関係、集団との関係を考えなければならないと思うんです。国際的な共同製作をしたときには、当然それなりのプロセスが必要だし、共同責任も伴ってきます。つまり、コモディティ化(商品化、汎用品化)を避けるということが重要だと思うんです。もちろん最終的な作品をプレゼンテーションするというのは一番重要なところではありますが、それまでのプロセスも、同じくらい重要だと思うんです。どのような制作過程を辿ったか、ということです。

— お金よりプロセス

義志さんが今朝おっしゃっていたと思うんですけれども、共同製作の例として、例えば、お金の話をしなくてはならないとか、いうような話もあったと思います。正直言いまして、共同製作にはお金はあまり関係ないと思うんですよ。もちろん関係あるはあるし、こんなことを言うのはバカらしいかもしれませんけれども、でもやはり、それを出発点にしてはいけないと思うんです。お金というのはもちろんプロセスの中に絡んで来る要素ではありますけれども、私たちがこういう取り組みをして、共同製作を国際的に行っていく理由そのものはお金じゃないと思います。個人的は、むしろプロセスの中でのいろいろな人の関与が重要なのだと思います。口を出したり、対話をしたり、継続的に繋がりを持っていったり、ということが重要なので、これは白黒つけていくというようなことではないんです。もちろんお金の話もしなくてはいけないのですが、でも私の頭の中では、国際共同製作というのは、プロセスそのものだと思うんです。

— ステレオタイプの向こう側にあるもの

もう一つ思ったことは、私のノールデルゾンのフェスティバルに関してですが、観客には知性があるというような想定をします。つまり観客が分からないんじゃないか、受け入れられないんじゃないかということで、何かを諦めるということはしないんです。けれども、過大評価してしまう、ということもあります。
新しい局面を切り開きたい、陳腐的なことは避けたい、と思って、実は自分の中でも陳腐化したものを持ってしまっているということもあります。だから、陳腐化を避けるためには、自分自身を振り返りながら他の方々がやっていることを見ていく、ということが必要になります。私はイギリスで育ちました。もちろん先入観やステレオタイプというのが、私が生まれた土地でもありました。例えばフランス人は料理が好きとか、イタリア人はおしゃべりとか、まあ実際そうなんですけれども(笑)。「民族」という概念の問題もあります。気がつかずに、集団として考えてしまっているわけです。つまり、他者というのを集団として考えて、そこに先入観を持ち込んでしまう、ということが、私たちには多々あると思います。この単純なステレオタイプ、他者をグループ化して見るということを避けていきたいと思っています。自分自身が所属するグループの中でどれだけの多様性があるか、考えてみたらいいでしょう。例えばアメリカの同じ政党の中でも、民主党でも共和党でも、その中では様々な個性がぶつかりあっています。それからインドもそうですね。インドの地図を見て、26の言語を考えてみてください。そうすると一つのグループ、集団の中にも多様性があるということが分かると思います。だからこそ、フェスティバルの中で、国際的な共同製作が果たすべき役割があるんだと思います。

— 「他者」ではない
他者と非他者、ということですが、例えば1996年のエジンバラのフィルム・アンド・テレビジョン・フェスティバルで、中国のチェン・カイコーの映画を見ました。『黄色い大地』という映画です。中国の第5世代のフィルムメーカーのものだったんですけれども。そのときはあまり情報がなかったんですが、若い中国人の物語で、岡で農家の人たちに会います。そしてパーティの準備をしているわけです。その映画を見ると、もちろんヨーロッパとは全く違うんですが、ただ映画の作り方や、そこで見ることができたものは、全く理解できるものでした。つまり他者ではない(not others)ということを感じることができました。オランダで同じ境遇に置かれている人もいるでしょう。共有すること、何か共有できるということが、とても重要だと思っています。国際共同製作においては特にそうです。たしかに違いがあるのですが、いろいろな違うものを共有していくのです。また、より多くを共有し、それを見せていくということ。以上が、私の個人的な経験からできる話です。

— 「中心」は変わっていく

もう一つだけ最後に。シャンカルさんから、ヨーロッパ中心主義という話がありました。そしてお金もそれに応じて振り分けられがちだということ。確かにそういった問題がないとは言いません。ただその問題にとらわれ過ぎると、そこで止まってしまうということもあります。例えば私はイギリス人で、私が学んできたものの中心にはやはりシェイクスピアの文化がありました。しかし、そもそもシェイクスピアの演劇というのはどこから出てきたのか。その前にはどんな状況があったのか。
3年前にアテネのアクロポリスに行きました。夕日が沈み、とても美しい劇場を見ることが出来ました。ご存知の方いらっしゃるか分かりませんけれども、一つはディオニュソス劇場でした。非常にシンプルなんですが、壁がとても低いんです。(手で示して)これくらいの高さです。その壁が、ぐるーっと、おそらく15mくらいでしょうか、あって、40mくらいの幅の円形劇場になっています。石の椅子が並べられていて、そこに立っていると、とても感傷的な気分になりました。何かとても馴染みぶかいような、懐かしいような気がしたんです。その舞台は、おそらく2500年くらい前に出来たものでしょう。そこで、デジタル化における劇場の未来は、というようなことを考えた一方で、2500年で私たちがどれくらい変わったのかということも考えました。当時のギリシャ人とはだいぶ違うのでしょうが、2500年の時を隔てて、私は今なお、同じような舞台で、他の人たちに対して何かを見せている。そしてそこに立っているということ。おそらくこのようなかたちで、私たちも思い出されるのかもしれません。例えば一つの文化をとって他のものは壊して、というのではなく。確かに今は難しい状況かもしれませんが、長期的に見ると、希望は捨てなくてもいいのではないかと思います。

横山 ありがとうございます。マークさんのお話の中で非常に印象深かったのは、まず「他者ではない」ということですね。いわゆる自分の文化と他者の文化、という風にとらえるのではなく、そして他者をある集団に属する人と捉えるのではなく、とにかく個人として人を見て行く。個人として信頼できる人と仕事をする、ということだと思います。他者を所属している集団を基準に見てしまうと、ステレオタイプを通して、つまり日本人だからこうだろう、イタリア人、フランス人だからこうだろう、という風に思ってしまうというところがあるんじゃないかと。マークさんがフェスティバルのコンセプトとしておっしゃっていた、目の前にいる人がライブでパフォーマンスするのを見て、夕方の時間を楽しく過ごす、というのは、とても共感するところでした。つまり、いろいろなコンセプトを通じて見ることで、逆に我々は非常に陳腐なものにとらわれてものを見てしまっている。それよりも、目の前の人をちゃんと見ることによって、もっと共有できるものがあるんじゃないか、というのが、マークさんの考えていらっしゃることではないかと思います。
もう一つ、オランダという国はヨーロッパの中でも人口規模からすると比較的小さい国で、そもそもベルギーなどと同じように、いろいろな国の出身の人がそこにいて、いろいろな言語が話されている、ということが普通である、ということがあって、インターナショナルということを意識しなくても、そもそも日常生活がインターナショナルだ、ということがあるのかもしれません。あとインターナショナルとか、インターカルチャーっていう言葉をそもそも使わない、というのも、とても共感するところでした。
それでは、あと30分くらいディスカッションの時間があるので、お三方のお話からいろいろなアイデアが出てきたと思いますが、ここで会場のみなさんも含めて、ちょっと想像してみていただきたと思います。例えばこれから100年後の世界地図ってどうなっているんだろう。1,000年後の世界地図、10,000年度の世界地図ってどうなっているんだろうか。10,000年前の世界地図ってみなさん思い浮かべられますかね?国どころか、島や大陸の形すら変わっているかもしれない。例えばさっきから話に出ている、言語があって、国民国家があるっていう話。フランスとかイタリアとかっていう国がある世界っていうのは、ここ300年くらいの話だと思うんですよね。今私たちは、日本とかインドとかベルギーとかオランダとか、そういった国というものがあるっていう世界に慣れています。今ある国っていうのは領域国家とか国民国家、国境っていうのがあって、そこに国民というものがいるわけですね。その枠組みの中で国際共同製作っていうものがあって、国際という言葉のイメージをみなさんお持ちだと思うんですけれども、先程シャンカルさんがおっしゃっていたように、例えばインドっていう国の中では、インド語っていうのはないわけですね。20以上の言語があちこちで話されていて、方言も含めると、もっとたくさんある。その中で、例えば他の言語をしゃべる人同士が出会うときにはもちろん、例えばシャンカルさんがマラヤーラム語でしゃべって、もう一人の人がヒンディー語でしゃべったら通じないわけですよね。日本人とベルギー人が出会って日本語とフランス語なり、日本語とオランダ語なりで話しても通じない。そのときには、何かしら他のコミュニケーションの手段を考える必要があるわけですよね。
つまり今、世界っていうものは、国とか言語とかっていう仕組みによって区分けされている。で、その言語の中でも、とりわけ「国語」っていう、「国」が作った言語、という仕組みがあったりする。そういった区分けがされているこの世界の中に、どういう風に橋をかけていけばいいのか、ということを考えていきたい。10,000年後だとちょっと長いと思うので、100年後の世界っていうものをどうしていくといいかなということを考えながら、ちょっと最後、30分弱時間があるので、ご質問をいただきながらお話していきたいと思います。今までの話を受けて、お客さんの中で質問がある方いらっしゃいますでしょうか。

— 共同制作と共同製作

会場1(橋本裕介) コラボレーションということと共同製作するっていうこととを少し区別して話さないと、課題は見えてこないんじゃないか、と思っています。異なるコミュニティの人たちが、パフォーマーだったり、ディレクターだったりっていう人たちが、一緒になってコラボレーションする、ということと、一つの作品を作るために各地にいる人たちが出資をして作品を作る共同製作、ということを分けて考えてないと、ちょっと議論がぼやけるんじゃないかと思っていまして、私が今関心があるのは共同製作という方なんですね。
共同製作の基本的な理念は、非常に高い志のものだと思う。どういうことかというと、アーティストはどこかの都市や国を代表する存在ではなくて、基本的には世界全体の財産だから、そのアーティストに賛同する者たちが一緒になってその作品作りを支援していこうという理念にたって、共同製作というものがあるんだろうと理解しています。

— 国際共同製作が抱えるリスク

でも実際には、それを行うためには、経済的な基盤がある程度一緒でなければ、非常に難しいということが現実としてある。共同製作のパートナーになれるのは、わりと近いパートナーたちに限られるということが実際の課題としてあるだろう。そうなったときに、あるアーティストの作品を支援していく中で、無意識の内に、そのアーティストが持っている特異性を少し均質化していってしまうというような恐れもあるのではないか。そのあたりを、おそらくみなさんは注意深く見ながらプロジェクトを進めていると思うんですが、どういう考えを持っているか聞かせていただきたいと思うんです。

横山 ありがとうございます。一番始めには、どちらかというと、異なる文化的なバックグランドのメンバーで作品を作る、っていう方の制作の話をした方が面白いんじゃないか、という話から入ったんですが、その前提が今回のスピーカーの設定と合っていなかった部分もあるかも知れず、メンバーによって話す焦点がかなり違った部分もあると思います。出資を通じた「国際共同製作」に関してはクリストフさんが一番よくご存知だと思いますので、クリストフさんにお話を伺いたいと思います。

クリストフ いい質問だと思います。共同製作について、例えば、日本の演出家にベルギーの俳優で、というようなことには批判的です。共同製作というのはチェルフィッチュでやったようなものなんです。まずはすでに作られた作品をフェスティバルで上演して、関係性を構築していくということになると思いますが、基本的には、何をするかというのは自由だと思います。ご質問は、例えば、ヨーロッパのフェスティバルのために作品制作をしてもらう、という希望を出したりすることで、基準化するというか、共同製作のシステムによって何かスタンダード化されてしまう、ということの危惧についてですね。もちろんお金のことが関わってくる問題だと思います。
私もよく言っているんですが、ヨーロッパではいわゆる公的資金が減ってきています。そして例えば、共同製作に投資するときに、お金を出しても、制作のための場所が確保されていない、ということもあったりします。しかし、アーティストとしてはリハーサルをする場所も必要なわけです。もちろん仕事ですから、お金ももらわなければいけません。そういったことも、しっかり確認してやっていかなければならない。確認しないで、プロジェクトの数だけを増やしてしまっても、しっかりとはできませんし、やはり財政的な責務を果たすということが必要です。
ご質問に関してですが、確かになかなか難しい側面があると思います。ヨーロッパでもよくあるように、ネットワークを作って共同製作をするということは重要なのですが、一方で、同じようなものだけを作っていくというのはよくないと思います。例えば、みんなでひとりのアーティストをサポートして、ヨーロッパのフェスティバル用のアーティストを作っていく、というのはどうでしょうか。ヨーロッパのそれぞれのフェスティバルが、みんな同じような基準で芸術作品を作っていく、というのは、私たちがやりたいことではありません。それをやらないように、「標準化」してしまわないように、しっかり考えておかないといけないと思っています。なんとか新しいシステムを考えていかなければ、どうやって変えていくべきかを考えていかなければなりません。どうしても同じようなやり方になってしまったりしますし、また作品のアーティスティックな側面も、制作状況によって影響を受けたりもします。アーティスティックなプロセスが制作システムの後追いになってしまう、ということもある。逆であるべきなのに。私たちもあまりにも型にはめすぎないように気をつけています。そのアーティスティックな型をこちらの方から提示しすぎないように。

マーク 少し私からも言いたいのですが、お金が大切じゃない、というつもりではありませんでした。ただ、プロデュース(製作)とコミッション(委嘱)は分けて考えよう、ということです。コミッションというのはお金です。プロデュースというのにも、それもありますけれども、やはり作品制作の側面が強いでしょう。なので、国際的な共同製作については、この言葉の使い分けに気をつけなければいけないと思っています。
ただ、今クリストフさんが言ったことはヨーロッパで非常に重要な問題になってきています。予算の問題もありますし、また活動の場が増えてきて、新しい世代のアーティストがどんどんと出て来ています。そういった新しいアーティストを私たちはいろいろな人たちに紹介したいと思うわけです。なので、やはり対話が必要だと思います。共同製作のためのお金は必ずしも、一つの国の中だけの話ではありません。例えばオランダの政治家のあいだで、(公的な)お金はオランダのアーティストのみに向けられるべきなのか、といった議論がある。またさっき資金を集めるという話がありましたけれども、もしも世界中のいろいろなところから集めるのであれば、しっかりと責任を持ってその作品を紹介していかなければならない。このプロデュースのためのお金について、私のフェスティバルでかかるお金のうち、例えば10%以下がオランダのお金で、90%が他の国からのアーティストのための助成金だったりするかもしれません。しかし、そのような状況を作っていくためにはやはりまだまだ対話が必要だと思います。なかなかその対話のための時間がない。結局、それぞれのやり方でやっている、というのが現状ではないでしょうか。

— パートナーの多様性を確保すること

会場2 ブリストルから参りました、リンと申します。先程の質問に関係する質問なんですが、やはりパートナーの多様性ということが重要だと思います。どのようなネットワークであっても、コラボレーションであっても。ただ、この多様性というのは、国の多様性だけではなく、例えば規模であったり、ミッションであったり。
昨日か一昨日にイム・インザ(編注:韓国のプロデューサー)が言っていたことが非常に興味深かったです。独立性を確保するために政府からのお金を受け取らないというのです。ほとんど正気の沙汰ではないと思いましたけれども、勇敢なやり方だと思いました。クラウドファンディングを使って、それをぜひ続けていって欲しい、と思うような観客からお金を集める。実際それがずっと維持できるかは別として、パートナーとのネットワークということを考えるのであれば、このように器用に色々な形でプレゼンテーションの機会を探っていく、というのも一つではないかと思います。
例えば、大きな共同製作をしているのであれば、ローカルの状況にどうやって合わせていくのか、そしていろいろな機関、いろいろな制限があるパートナーとの共同製作をどのようにやっていくのか。ネットワークということを考えたときに、パートナーがもつ制限が、その作品の上演に対してどういう影響をもたらすのか。質問というよりは先程の質問についての追加のコメントですが。規模も違うようないろいろなパートナーと組むことで、考え方、クリエイション、作品制作ということにも影響が出てくると思いますし、やり方もいろいろ変わってくると思います。

クリストフ おっしゃったことはとても重要だと思います。確かに矛盾が生じるような状況もあって、なかなか難しいこともありますが、やはりネットワークは重要だと思います。パートナーと共有することによって、より大きなことができるという一方で、それぞれのローカルな特色も見て行かなければいけない。そういった意味では、先程のアイデンティティの話にも関わってくると思います。このフェスティバルのアイデンティティは何なのか。そして、相手のアイデンティティはどういうものなのか。

— ローカルなコンテクストを大事にすることで、クリエイティブでありつづける

いろいろなプロジェクトがありますが、どのプロジェクトにおいても、自分が今どこにいるのか、ということも、とても重要です。例えば私のクンステンフェスティバルデザールについて、いろいろな人がいろいろな風に話しているでしょうが、それが例えばスターバックスのようになってはいけないと思うんです。あるフェスティバル、プロジェクトを他のコンテクストに移し変えていく、ということは可能であると思うんですけれども、ただ単に移していくのではなく、一つのコンテクストから、今度は別のコンテクストに移す場合に、どうやったらいいのか、ということも考えなくちゃいけないと思うんです。もちろんこれは難しいことです。というのは「クリエイティブである」ということを基準にしてやっているわけですから。一筋縄ではいかない。文化というのはレジスタンスの場であると思いますし、私がなぜアートというものが好きなのかというと、それがレジスタンスを体現しているから、社会のレジスタンス的な一面を反映しているからだと思うんです。

マーク 一言付け加えさせていただきたいんですが、トマス・ペイン(編注:アメリカ独立革命やフランス革命に影響を与えた思想家)は「アイデアはコピーできるが、シチュエーションはコピーできない」という話をしていました。

— 遠く離れたアーティストたちと、どう対話を続けていくか

会場3 パフォーマンス・スペース・オーストラリアの芸術監督ジェフ・カンと申します。お話を聞いていて思ったのですが、芸術監督として、複雑な国際共同製作を進める際に、距離が遠く離れたアーティスト達と、どのようにして継続的な対話をしているのでしょうか。

シャンカル インドではプロデュースという概念自体ありませんので(笑)、デリーなり、他の町なりで、個々にばらばらにやっています。ですので、ネットワークを組んでいるということではありません。共同製作というのは新しい考えで、インドではだいぶ進んだ考え、ということになります。今後は私のフェスティバルもコラボレーションの試みを進めていければいいな、と思っています。それから、お金の話が出ました。プロジェクトを始めるための助成金という話がありましたが、インドではそういった概念もありませんので(笑)、そのためのネットワークもございません。

マーク 遠いところにいるアーティストとのエンゲージメントについてのご質問ですね。クリストフさんが言っていたことが、とても知的な答えだと思いました。国際的な協力関係というのは結局、人と人との繋がりだと思います。つまり、長期間かけて人と会うことで、繋がりを継続していくのだと思います。アーティストもそうです。クリストフさんが、岡田利規さんとの長い付き合いについて話していましたね。初めての出会いはだいぶ昔でしょうが、現在でも対話は続いているということです。例えば電車に乗っている知らない人でも、あるいは何かを見に行ったときに会った人でも、偶然の出会いから何か具体的な結果が生まれて来るということもあるでしょう。

クリストフ アーティストとの関係性はもちろん大事にしています。私のフェスティバルにも歴史がありますから、まずは既存のものをやります。今までに見たことのあるアーティストのプログラム。それにプラスで、ローカルなコンテクストの中で、オーディエンスに合わせて、というものがあります。そういった場合には長期的な協力や共同製作も必要になってくると思います。ですので、まずは信頼が必要だと思います。アーティストを信頼するということがまず第一歩です。過去の経緯や歴史のうえに、信頼が生まれてきます。アーティストが舞台美術家や照明家、プロデューサーと稽古場で対話することもあります。同じ部屋に、物理的に一緒にいることで生まれるものもあります。コプロデューサー(共同製作者)の役割は、もちろんお金だけではありません。作品づくりの中での役割もあると思います。私たちのフェスティバルが直接制作するということもありますが、例えばチェルフィッチュの場合は、日本のプロデューサーと共同作業をしました。プロデューサーがいない場合には、また他の関係性を探る必要があります。

— 本当に必要なものを見極める

マーク アーティストというのはどの国でもそうですけれども、いろいろなツールを持っています。お金やファンド(基金)を持っている方もいますし、プロデューサーとのコネクションがある方もいます。アーティストが受けているサポート、受けたいサポートというのはかなり多様で、人によって違います。ですから、アーティストが何を作っているのか、というのが重要になると思います。そのコンテクストにあわせて、どのような協力ができるのか考えるのが重要だと思います。今朝メールが来たんですが、あるプロデューサーがかなりの巨額を求めているという話でした。そうすると、今後関係が続けられないということになってしまいます。それで「ごめんなさい」と言うか、あるいは何か別のコメントをするか、というのは、状況によりけりでしょう。もちろん距離が無関係というわけではありませんが、まず大事なのは、その人自身のこと、そして、その人の制作環境をよく知ることなのだと思います。

— 結論

横山 そろそろ締めた方がいいですよね。先程橋本さんのご質問にもいくつか答えが出たと思うんですけれども、まあ無理やりまとめると、橋本さんのご質問のポイントというのは、出資母体が例えばヨーロッパの公共劇場なり、公共の資金を受けて運営されているフェスティバルみたいなところが中心になってしまうことで、結果的に価値観が均質化してしまっている状況がある。

橋本 危険性がある。

横山 そうですね、リスクがあるということですよね。みなさんそれぞれのアーティトを深く知り、関係を個人的に築いていき、文脈をきちんと知ることによってその弊害をなんとか乗り越えようとしているということだと思います。

というわけで、今日はいろいろなお話が出たと思いますが、一つ最後に今日の話で、ある程度共有されたこと、結論めいたことをお伝えしようとすると、まず「国際」、「インターナショナル」という言葉はあんまり使わない方がいいと。つまり国と国との関係というものを、アーティストと観客の関係の中には持ち込まないようにして、いかにして直接的な関係をきちんと築いていくか。つまり舞台芸術というのは、目の前にいる人を見てもらうものなので、目の前にいる人との関係をいかに築いていくかが大事だということです。それによって、いわゆる「他者」というものを、ある集団に所属する何かとして見せるのではなくて、そういった意味でのオリエンタリズム、エキゾチシズム、ステレオタイプを排して、いかにアーティスト自身と直接の関係を築いていけるかというのが、国際的な共同製作において重要なポイントだということに関しては、みなさん一致していたのではないかと思います。長時間お付き合いいただきましてありがとうございました。

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