政策提言調査室 第5回勉強会 レポート
2017.2.11
第5回目の勉強会は、これまで4回の議論を踏まえて、今年の目標であった「ON-PAMのステートメントを書く」ことを具体的な作業として始める回と位置づけ、室長の奥野将徳、理事であり室のメンバーである横山義志の2名がステートメント(案)を書いて持ち寄り、ディスカッションを行いました。みなさん忙しい時期ということもあり、参加人数は少なかったものの、濃い議論を行うことが出来ました。
日時:2月4日(土)16:00 – 18:00
会場:PARC(国際舞台芸術交流センター) 5F会議室
参加者:奥野将徳、鈴木拓、北原千冬
開催概要
1. 奥野将徳によるステートメント(案)
※ステートメントは毎年、状況に応じて、更新されていくことが望ましい
※このステートメントの役割は、まずは会員にとって、ON-PAMの役割とは何だったのか、を再考し、捉え直してもらう機会にするのはどうか?(インナーブランディングに重きを置く)
ON-PAMは舞台芸術に関わるアーティストと観客をつなぐ制作者、研究者、中間支援組織、批評家などによる、ヒエラルキーを持たない、オープンな会員制のネットワークです。ON-PAMでは、会員が社会的な立場や国籍、年齢などに捕われず、一人の人間として主体的に参加でき、自由な議論を繰り広げる「風通しの良い空間」を目指しています。
「風通しの良い空間」とは、多様な価値観の間に生まれる差異や、それぞれの視点の違いを包括し、価値観や視点の異なる複数の人々が共存し、共有することのできる「複数性」を包含する空間、公共的な空間のことです。同質性を高め、あるひとつの共通目標を達成したり、政治的な合意形成を目的とするのではなく、異なる背景や価値観を持つ人たちが集まる中で、価値観を共有し、関係を構築し、情報を交換することを目的としています。また、それぞれの考えや意見を建設的にぶつけ合うことで、新しい価値を生み出し、社会的イノベーションを引き起こす可能性を持っています。
同時に、舞台芸術は社会全体の利益の増進に寄与する、という認識のもと、舞台芸術の社会的役割=公共性を常に模索し、同時に発信していくことを目的としています。例えば、舞台芸術は、リアルな身体を用いながら時間と空間をコントロールすることで作り込まれた時空間を観客と共有することで、日常を生きる我々に強い衝撃を与え、価値観を揺り動かし、新たなビジョンを提示します。こうした「非日常」的な体験を与えることで、現代社会のある一面を鮮やかに掬い取り、顕在化させることができます。私たちはこのような舞台芸術のもつ社会的な価値を明確な言葉にし、社会へ向けて発信・共有していくととも、アーティストと共にその価値をより一層高め、社会へ還元していくことを目指しています。
2. 横山義志によるステートメント(案)
ON-PAM(舞台芸術制作者オープンネットワーク)とは…
舞台芸術を通じて、クリエイティブで人にやさしい社会をつくっていく、ゆるやかなネットワーク
私たちは舞台芸術と社会をつなぐ仕事をしています。ON-PAMの会員は、劇場などの施設、劇団などの公演組織や制作会社で働いていたり、NPOや財団やアーツカウンシルなどの中間支援組織で働いていたり、フリーランスで働いていたり、研究をしていたり、都合がつくときに舞台芸術の公演を手伝っていたりと、さまざまな形で舞台芸術とかかわっています。でもみんな、舞台作品をつくりたいアーティストと、それを見たい人たち、それを必要としているかも知れない人たちをつなぎたい、という気持ちをもっています。
ON-PAMは、こんな気持ちをもちながら、いろいろな場所や立場で働いている人たちを、ゆるやかにつなぐためのネットワークです。少し前までは、同じことを目指していても、ちょっと立場がちがうと、なかなかつながれませんでした。それでも東日本大震災などをきっかけに、つながる必要を感じた制作者たちによって、2013年にON-PAMが立ち上げられました。
なぜ今、舞台芸術なのか。それはきっと、みんなが「ちがう」ことに魅力を感じているからでしょう。「おなじ」人間なのに、なぜこんなに「ちがう」のか。
人間はことばを発明し、ことばによってグループをつくることを学んできました。そしてデジタル技術によって、「おなじ」と「ちがう」を分ける仕組みを洗練させてきました。
舞台芸術は、目の前にいる人を見つめます。時間をかけて。そうすると、「おなじ」と「ちがう」が、ちょっとちがって見えてきます。「おなじ」だと思っていたことがちがって見えたり、「ちがう」と思っていたことがおなじに見えたりしてきます。そして、「おなじ」ことだけがつながる理由ではないこと、「ちがう」ことが楽しくすてきなことに見えてきたりもします。
「ちがう」ことが楽しくすてきに見えるとき、そこにあらたな視線が生まれ、あらたなアイディアが生まれ、あらたなやさしさが生まれます。私たちは舞台芸術を通じて、そんな視線に満ちた社会、クリエイティブで人にやさしい社会をつくっていくことをめざしています。
奥野:まずは私の書いたステートメントについて解説させてください。今回のステートメントを考えるにあたり、何を目的に、誰に向けてこのステートメントを書くべきか、考えました。まず、ON-PAMのステートメントはそのオープンなネットワーク組織であるという特性から考えて、その時々の組織の状況や、社会状況に合わせてどんどん更新されていくのが良いと考えています。その上で、いま、どのようなステートメントを書くべきか考え、今回はどちらかというとON-PAM内部に向けて、会員がもう一度、ON-PAMとはどういったネットワークであったのか、どういう場を目指しているのか、ビジョンを共有できるようなステートメントにしようと考えました。まずはインナーブランディングをしっかり構築したい、ということです。
このステートメントのポイントは、ON-PAMは「弱いつながり」を持つ多様性の高いネットワークであり、必然的に価値観の差異や視点の違いを包括している。そこで、あえて「政治的な合意形成を目的としない」、もちろん議論を重ねていく中で自然と合意が形成されていくのは問題ないですが、「目的化しない」としたことです。それはなぜかというと「合意形成」を目的化すると、どうしてもフォーカスをぼかさざるを得なくなる。つまり多様性や差異を「無視」せざるを得なくなる。むしろ「弱いつながり」を持つネットワークであるからこそ、そうした多様性や差異を楽しむこと、発見につなげることが大切だと考えています。そうした複数性を包含する「風通しの良い場」として、ON-PAMが存在すること自体に価値があるのではないか、ということ。
一方で、こうした「公共的な空間」の必要性を訴える時に、多くの人の中で「公共的な空間」または「公共圏」という言葉に対してもつイメージや理解に隔たりがあること、共通のイメージを持ちにくいことが問題としてあると考えています。だから、TPAMでやるシンポジウム2(2/17に開催)では、あえて『(改めて)公共とは何か?』ということをテーマにしました。
鈴木:このステートメントにとても共感している。一方でやはり一般の会員の方には少し分かりづらい部分もあるのではないか。ハイコンテクスト化している。実はARC>T(Art Revival Connection TOHOKU)もON-PAMと同様に大震災へのリアクションとして始まったが、まさに状況としても同じように時間が経つにつれ震災の記憶が薄れるように存在意義が不透明化してきていて、存在意義を明確化するためのステートメント作りを行って議論を重ねてきた。
その中で気づいたことが2つあり、ひとつは自分たちが思っている以上に周りが活動を評価してくれていること、もうひとつは誰か一人が中心となって尽力することで動き出すことがある、ということ。ON-PAMも理事会で話が出たように、常勤の事務局が設置されれば、状況が良く動き出す可能性があると思う。反面、NPOリンクなどは樋口さんの動きで様々な成果をもたらし、ほぼ一人で動いてきた。そのことは非常に意義深いことだったが、10年経って疲弊してしまったようにも思える。
奥野:ARC>TとON-PAMが奇しくもリンクしていることはとても面白い。私はON-PAMが、理系で言う「基礎研究」の分野のようになると良いと思っている。何かすぐに結果を出したり、社会の役に立つことが求められる世の中だが、そうでなくても良い思考実験の場、的外れでも失敗しても良い場があっても良いのではないか。今後、どんどん余裕がなくなっていく社会からいち早く離脱し、距離を置いた場所にON-PAMという場があることが重要ではないか。
北原:ON-PAMがゆるい場であることがとても良いと思っている。しかしアウトプットすることを目的としない、となると、法人として大丈夫なのか?実はON-PAMが法人化する時に違和感があった。ああ、そんなに、カッチリやるんだ(違和感というよりは、ふ~んという感じでしたので、セゾンなどから助成金もらっているのもわかっていましたし、助成金もらう以上は仕方ないな、という感じが法人化報告の総会の感想でした)。そっちの方向を目指すんだぁ、と思った。何故、法人化したのだろうか?
鈴木:当時を振り返ると、ひとつは社会的な信頼を得るため、同時にスタートアップとして助成金をもらっていて、3年目に法人化した、という結果が求められたこともあるかもしれない。また当時はON-PAMのようなゆるやかなネットワークであることと、何かしらの合意形成を図ることができる、ということが対立しないと思っていた。し、実際に当時(2012年)であれば、合意形成して、何かしら提言を出すことは可能だったと思う。
奥野:例えば政策提言といった時に制作者の労働環境の改善という題目がよく挙がりますよね。しかし、そこには制作の仕事が心の底から楽しい、好きでやっている、という意識が抜け落ちているような気がする。特に舞台芸術のような仕事はどこまでが「お仕事」でどこからが「創作」なのか、その境目が難しい。代替可能な仕事を効率化し、手分けすることは可能だし、それは労働環境の問題だが、同時に自分にしか出来ない仕事、しかもそれにやり甲斐を感じ、人生を賭してやりたいと思う仕事については、長時間であろうが、低賃金であろうがやる(もちろん、労力に対価が比することが理想だが)。
そこに制作という仕事の本質というかやり甲斐があると思っているから、この労働環境の整っていない業界で踏ん張っている、という意識がある。逆に労働環境の改善、ということを全面に押し出し、それが実現されていく中で、そうした制作という仕事の本質を抜きに「お仕事」として制作の仕事が成り立ってしまうのではないか、という恐怖がある。
鈴木:まさにそのような話をEXplatのシンポジウムでしたら、ドン引きされました(笑)。アーティストを支えたい、その作品を観客に届けたいという思いがやはり重要で、そのことと労働環境は相反する場合がある。そもそもそういう思いがあるから制作を「仕事」にしている、という感覚がある。
北原:だから、ON-PAMは個人の制作者が集まって、もっとゆるく話をする場であって良いはず。サークル化というか。こうしなければならない、というような堅苦しさを抜きにして、制作の苦しさではなく、こんなことで困ってるんだ、それならこういう方法があるよ、とか情報交換しあえるような、楽しさを伝える場になると良い。
鈴木:「ゆるい」とか「弱い」というと、ON-PAMという組織自体がゆるかったり弱かったりするイメージを持たれるので「ゆるやかな対話の場を真剣に作っていく」と言った方が良いかもしれない。
奥野:まさに。僕のステートメントでいう「風通しの良い空間」ということだと思いますが、そういう場を作って維持することには真剣に取り組む必要がある。日本社会が健全な民主主義を獲得するために、監視機能としてのメディアの健全化とともに、そうした市民が社会や芸術・文化について丁寧に考えたり知ったりできるような「公共的な空間」が必要で、そのことをON-PAMは先取りして訴えていく。そしたら10年後くらいには、時代が追いついてきて、公共的な空間の必要性に気づくかもしれない。
北原:少し前にメーリングリストで回ってきた韓国の検閲(ブラックリスト)の問題なんかはすごく良かった。知らないことを沢山知れたし、色々と考えるきっかけになった。だからといって、全体で何かを表明するというのではなく、そのことが気になる人たちが集まる、以前あった「あらかわサークル」のような、ああいうことがON-PAM内でどんどん起こると良いと思う。
奥野:何か問題が起こったときに、何かアウトプットすることを目的とせずとも、詳しい人を呼んで解説してもらう、知識や情報を共有する、というだけでも、勉強会の中でどんどんやっていくのが良いと思っている。ON-PAMに参加することの利点はそうした情報共有とともに、これまで知らなかった人たちと関係を構築することや、価値観を共有したり、その違いを認識することにあると思う。そのことはステートメントにも書いた。
ここで、横山義志さんが書いたステートメントを読みコメント。
奥野:横山さんには、「ちがい」を楽しむということだけではなく、「おなじ」であることを目的化しない、ということについて、どう考えるか聞いてみたかった。
北原:ちがいを楽しむこと、同時に、お互いの違いから新たな価値を生み出す可能性があることに価値があると思う。
鈴木:いまは余裕がなくて、歴史を学べないので、時間の大きな流れの中で、いま私たちはどこにいるのか分からない。だから、先人をゲストにお呼びして、シンポジウムなどを開いて学ぶわけだけど、「今の世界現時点」の中での地位立場や状況にしかへの興味がない強い、という人方々が多くなっていることにを感じている。「現時点」での立場や状況への興味が強い方々も、会員の中に多くなっていることが、現状を生んでいるのではないか?と感じている。
奥野:何かを進める、新しいものを得る、ということに価値を置くよりも、今あるものをもう一度見直すことが重要ではないか。日本社会が人口減少社会に突入し、超高齢化社会の中で社会的な余裕がますます失われていく。そうした中で、右肩上がりの成長を目指したり、過去の栄光にすがることには全く意味がない。
北原:何をもって豊かになった、と考えるのか、ですよね。
奥野:少なくとも今日参加して頂いたこの3名の中では、このステートメントの方向性について、合意は取れたと思いますが、果たしてこのステートメントに共感してくださる人はどのくらいいるのだろうか、という疑問が残りますね。
鈴木:やはりON-PAMとして合意形成をはかり、何かしら提言を行っていく、利益団体となっていくことを目指したい、という人も少なからずいると思います。
奥野:とりあえず、このステートメントを一度、総会の時に会員のみなさんにお配りして、ご意見を募集したいですね。
鈴木:その上で、改めて、室のメンバーで最終的なステートメントを書き上げる時間を持つ、ということをやりましょう。
奥野:この1年、ON-PAMに関わる中で、これまで考えもしなかったことを沢山考えたし、本も沢山読み、勉強になりました。こうしてステートメントを書く、ということは何よりも自分のためになったなぁ、という実感があります。なんとか最後までこのステートメントを仕上げたいと思います。