第3回文化政策委員会・文化政策ラボvol.5「人材育成から持続的キャリア形成へ 舞台芸術創作現場の雇用・労働環境を考える」

2014.10.14

2014年9月25日、東京都渋谷区のこどもの城本館11階会議室にて、ON-PAM 舞台芸術制作者オープンネットワーク文化政策委員会の「第3回文化政策委員会・文化政策ラボvol.5が開催されました。下記のとおり活動報告をいたします。

第1部 レクチャー 16:00~17:00
テーマ:労働法の基礎知識
講師:弓倉京平(弁護士、Arts and Lawのメンバー)

「クリエイターを支える仕事がしたいと思って弁護士資格を取った」とおっしゃる弁護士の弓倉京平さんが労働法のごく基本的な内容を判例を挙げながら講義してくださいました。

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弓倉:
最近の調査では、80%以上の企業で違法な時間外労働が行われている。厚生労働省が働きかけているが改善はされていない。雇用する側もされる側も知識が必要。この講義では雇用と労働の基本的なことのおさらいをします。

1.
働き方のかたち・労働者性
労働の提供形態は様々であるが、民法に規定されているのは次の3つである。
「雇用」:時間・期間を区切った労働に対して報酬を支払う
「請負」:仕事を完成させて仕事の結果に対して報酬を払う
「委任・準委任」:法律行為・事務を他人に委託する
いわゆる業務委託契約は、民法上は、「請負」や「委任」の性質がある。

労働法とは労働に関する法律(労働基準法、労働契約法、男女雇用機会均等法など)の総称。労働法という名称の法律はない。契約自由の原則がある。立場が強い方が有利。すなわち働く側が不利。だから憲法・法律で労働者を守る。労働基準法は罰則があるのが特徴。労働契約法には罰則なし。

2.
労働関係各法の適用が認められるには、労働者性が認められる必要がある。労働者性が肯定されると、労働関係各法の保護を受けられる。否定されると保護されない。労働者を雇う側は各種保険制度に入る義務がある。使用従属関係の下おける労務の提供であれば労働者性が認められる。契約の名称が「雇用」「請負」「業務委託」であるかという形式は問わず,実体がどうかを見る。
使用従属性の判断基準の例
・指揮監督下にあるかどうか
・仕事の結果に対してではなく、時間・期間区切りで賃金が支払われているかどうか
など

3.
労働の基礎知識
・就業規則
最低ライン。社員に周知しないと効力はない。周知:見えやすい場所に掲示する/書面配布/共有フォルダに入れる

・法定労働時間
1日8時間、週40時間以内。有給は1年に10日以上、最高で20日間。いつでも自由に取れる。アルバイトもパートも年休は取得可。有給は次年度に繰り越しできるが2年で消滅。

・産休
出産予定日の6週間前から出産後8週間まで。特に出産後の8週間のうち6週間は強制的に休業させなければならない。産休中の給与は定められていない。妊娠中および産後1年は、妊産婦が請求をした場合には、時間外労働・休日労働・深夜業禁止。妊娠中は「楽な業務に変えて欲しい」と訴えることが可能。産前産後の休業中及びその後30日間は解雇禁止。妊娠中の不利益取り扱い禁止。

・残業
労働時間規制の原則。割増賃金の支払いが必要。違法な時間外労働をさせると、6か月以内の懲役または30万円以下の罰金。ただし、労働時間の規制が適用されない人もいる。それは農業、漁業従事者や管理監督者。管理監督者とは経営側の人と判断される地位の人。契約をしていても、就業規則に書いてあっても、割増賃金を払っても、法定労働時間(1日8時間、週40時間以上)以上の残業をさせてはいけない。時間外労働をさせてもいいのは、①災害等の臨時の必要、②労基法36条の協定えを締結し、労基署に届け出た場合だけ。残業代は2年分のみ請求できる。
時間外労働をさせたい場合は労働基準法第36条(サブロク協定)を締結することができる。賃金の割増率も下限が決まっている。勝手に残業している時でも、与えられた業務が終わらなくて仕方なく残業した時でも、使用者がそれを知っていて成果を享受した時は、割増賃金の支払い義務があると考えられる。

・解雇・雇い止め
労働者は簡単にはやめさせられない。法律上は労働者は守られている。就業規則の解雇事由が重要。5年以上の有期労働は無期労働へと転化できるようになった。このため雇い止めが起こる可能性がある。

第2部 報告① 17:00~17:30
報告①:労働環境・雇用を巡る歴史を振り返る
報告者:折田彩(ON-PAM文化政策運営委員)、松岡智子(ON-PAM文化政策運営委員)

舞台芸術の公的支援の歴史を振り返りながら、高萩宏氏(東京芸術劇場副館長)と米谷尚子氏(芸団協・芸能文化振興部部長)のインタビューを基に、これまでの経緯と現在の問題点・課題を具体的に挙げていく充実の報告でした。

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・人材育成をめぐる国の文化政策の流れ(年表)
・文化芸術の進行に関する基本的な方針(第2次、第3次)
・民間芸術団体に対する助成金制度の流れ(年表)
・助成金の対象経費に「企画制作料」が認められるようになった経緯
・現在の助成金制度の問題点(芸文基金)
・現在の助成金制度の問題(助成システム)
・地方自治体の文化政策の歴史
・公共ホールと芸術監督・専属カンパニーのかかわり
・公共ホールの雇用問題
・問題解決のための提言
・舞台芸術家・芸術団体の組織化の流れ(年表)
・芸術団体が取り組むべき課題
・舞台制作者の労働環境について

第2部 報告② 17:30~18:00
報告②:中間支援組織に向けて
報告者:岸正人(あうるすぽっと・豊島区立舞台芸術交流センター 支配人)

「舞台芸術:人材育成/労働環境整備の中間支援組織設置案」について、率先して進められている岸正人さんが報告されました。岸さんは民間企業ホール、フリーの制作、複数の公共ホールの仕事を経験されています。

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岸正人:
指定管理者制度ができてから、公共劇場は3~5年区切り(東京都は8年)の雇用になった。施設運営受託自体が5年後どうなるかわからない。かって財団は終身雇用が多かったのに今は有期雇用が多数になっている(無期雇用は新潟りゅーとぴあと水戸芸術館ぐらいか)。昨年、労働契約法の改正により有期労働が5年続くと労働者の方から有期を無期にと要求できるようになったため、逆に5年で雇い止めが起こる。制度が変わってから2018年3月に最初の5年目が来るので、その時に大量解雇が起こる可能性がある。

財団は民間企業のようにはいかない。指定管理により人件費が固定され、給与が上がらないし、人も増やせない。
新しい人を雇う時は欠員募集しかない。翌年度の欠員が決まるのが遅いので、募集は秋以降にしかない。非正規で5年しか勤務できない上に給与水準が低い。そうなると優秀な若者はこの業界には入って来ない。全体が疲弊するのではないかと懸念している。大学の非常勤講師は雇い止めに対して反対の声を上げたので、有期が10年になった。我々も声を上げていかなければ。

2020年のオリンピックに向けてさまざまな文化プログラムが始まる。文化庁文化審議会政策部会でも、それをそのままレガシー(遺産)にしていかないといけないとの議論があり、特にアーカイブと人材育成が挙っている。文化庁は「雇用」という文字を使わない。雇用は厚生労働省の管轄だから。せっかく人材が育成されても、まともな雇用がない(給与が安くて不安定)。だから優秀な人材はこの業界に入って来ない。根本は雇用である。この業界に金が入ってくるようにしなければ。自分たちから動かなきゃ変わらないと思い、アートネットワーク・ジャパンの蓮池奈緒子さんと相談して組織を作ることで合意した。新卒者だけでなく現在働いている人もセカンドキャリアをイメージできるようにしたい。

・劇場、大学、アートNPO、アーツカウンシルなどの中で、人材が交流していくイメージ
・経理、人事、組織を運営するスキルなどの講座を開く
・新劇場の建設はこれからもあるので、人材の提案・紹介をする

エンタメ系の事業でなければチケット収入で費用をまかなうのは難しい。寄付でまかなうのは日本だと難しい。そうなると公的助成を増やしたい。文化庁の予算は一千億円あるが、国家予算の0.1%。そして3分の1は文化財関係。文科大臣からも昨年、2020年までに文化予算を倍増させたいという声があったが、今はもう消えてしまった。社会的合意がないと財務省が納得しない。チラシの下に「文化予算を増やそう」など共通のバナーを入れてはどうか。劇団も劇場も協力して、みんなで声を上げることが必要。

第3部 ディスカッション 18:00~21:00
グループ・ディスカッションのファシリテーター:久野敦子、吉澤弥生、岸正人、樋口貞幸

ON-PAMは会員向けに「舞台芸術創作現場の雇用・労働環境を考える事前アンケート」を実施しました。制作者の労働環境の実態が把握できたのはこれが初めてかもしれません。
アンケート

武田知也さんによるアンケートの結果分析の後、18時半から4つのグループに分かれてディスカッションを行い、最終的には国への提言も含め、ON-PAMが1~2年の間に実現出来るアイデアを出し合いました。

武田:
アンケート結果から課題を抽出しました。制作者の労働環境は下を見ればきりがない。労使(労働者と使用者)ともに「しかたない」と思っている。制作者が自立するためには教育が必要。

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ディスカッション:
【現状】
・1つの作品が生み出す総収入が小さすぎる。パイを大きくしたい。
・行政関係者はアートを知らない。アート関係者は行政を知らない。だから分断されている。
・労働のリスクをどこまで合意できているか。議論の俎上にさえ上ったことがないのではないか。経営者の心性にゆだねられている。プライベートと残業の切り分けが出来ない。
・日本の舞台芸術業界は1人の人材がかけがえがない(代わりがいない)状態だから分業が成り立たない。
・芸団協では会計セミナーを継続開催していた。でも助成金の申請書の書き方講座の方に応募が殺到する(そんなことではダメだ)。
・「確定申告をした方がいい」とアーティストによく助言する(していない人が多い)。
・良心的になればなるほど貧しくなっていく。ライターだった当時、調査に調査を重ねた記事の原稿料が3万円だった。母に「セブンイレブンより時給が低いね」と言われた。
・公益財団法人は設立年によって就業規則が違い、給与も違う。この業界は給与水準が低い。

【労働】
・現状を疑うことと現状を守ることの両方のノウハウが共有されていない。「労働とは」「芸術とは」という根本を問う必要もある。ただ、ひとつの組織でそれをやるには限界がある。
・日本全体が「代わりがいないから休めない」状態。アート業界から社会への応答として、働き方の提案をしてもいいのでは。
・数年前にノルウェーでは育児休暇を取ることが義務化された。権利ではなく義務にしなければ社会は変わらない。
・とにかく雇用を生み出さねば。

【見える化】
・制作者の賃金が助成の対象にならないのは明らかにおかしい。 たとえばボールペンを製作・販売する企業の場合、人件費はボールペンの原価に入っている。そのようにずっと主張してきたが認められていない。それは芸術団体側の責任もある。たとえば不正受給の問題もあった。第三者の目がある場でフェアにやるべき。申請書や報告書の書き方なども、形式でやってる限りダメ。現状に適用することは必要だけれど、おかしいところは変えていくべき。そのためにはまず、芸術団体が財務諸表を提出すること。決算書を出すことだ。
・制作者の職能の専門性が明らかになっていないせいで金が出ない。最低基準を示せば、それが労働環境を改善する手だてになるのでは。「見える化」する。
・制作者は舞台芸術を生業にしないといけない。労働スタイルをしめすこと。第三者に説明するガイドライン(明文化)が必要。
・寄付を集めたい。クラウドファンディングも有効。寄付をする側にわかりやすくする。

【相談窓口/リソースの共有/ネットワーク】
・心療内科に通う人も少なくない。燃え尽きてしまうタイミングがある。門戸が開かれていて、病名がつく前に相談できる窓口が欲しい。
・問題が起こった時の弁護士の紹介をしてくれる窓口が欲しい。たとえばON-PAMがそれを紹介するなど。
・弁護士への相談は1回で5000円かかる場合も。ON-PAMが初回費用を持つなど。
・みな同じ問題を抱えている。情報共有ネットワークを形成する。ON-PAMのような組織も必要。
・芸術家の福利厚生制度が欲しい。
・芸術家が社会保障が受けられる仕組みを作らなければいけない。共益ではなく公益のユニオンをつくり相互扶助できないか。
・ライフイベントのリスク対応ができる互助組織ができないか。

【ビジネススキル講習/研修制度/キャリア形成】
・大学で学ぶ知識だけでは足りない。経理、庶務、総務など、一般のビジネススキルが必要。
・経営の能力は、実際にやりながら獲得している状態。仕事を通じて得た働き方しか知らないから、コンサルタントが必要。
・ファイナンシャルプランナーの講座を受講して良かった。
・Excelの便利な使い方など、知っていれば効率的に仕事ができる。ビジネススキルを教えてもらえる講座があれば変わる気がする。
・経済の勉強会を開く。
・経営できる人材がいない。経営スキルが必要。アートマネジメントのMBA(経営学修士号)をつくってはどうか。
・社員(同僚)が外部で学んでくることを推奨している。でも仕事が多くて無理。
・フリーの制作者のセカンドキャリアの手立てとしての研修、セミナーが必要。
・研修制度は外部と組んでやればどうか。
・個人を対象にした国内研修。使えるプログラムにして欲しい。例:インターンの助成プログラムなど。
・大学を利用したアートマネジメント研修は内容未整備。プログラムの提言を大学を通じて行えるのでは?
・大学の資源を利用した人材育成。3000万円。100%助成。助手を雇える。学部単位で取り組んでいるところが獲得している。

【公的助成】
・文化予算を増やすための共通マークの製作。
・公的助成は育成でとどまって雇用に行かない。そこをブレイクスルーするための論拠づくり。文化庁を巻き込んだ議論形成も視野に。
・日本独自のアーツカウンシルが生まれている。地域の人がその地域のアーツカウンシルに提言すればいいのでは。

【ON-PAM】
・ON-PAMが国が意見を求めてくるような統括団体になる。
・次世代向けON-PAMを作るのはどうか。もっと若い制作者に今回のようなイベントに参加できるように、若者の代わりに上司が仕事をする時間をとるなど。
・助成金を出す側と申請する側の人間の両方がいることはON-PAMの財産。その共有を進めてはどうか。たとえば制作者への推薦図書のページをウェブサイトに作る、助成金申請のノウハウも含めた制作者向けのハンドブックの作成など。地域創造の「制作ハンドブック」はお薦め。

※19:15~19:45に「Dance New Air 2014」屋外パフォーマンスの鑑賞がありました。
ポール=アンドレ・フォルティエ『15 X AT NIGHT』

所感
労働法のレクチャーで法定労働時間外の残業は本来は禁止で、残業時は割増賃金の支払いが義務であることを知り、驚いてしまいました。私は派遣社員だった時期を除いて、そんな職場を経験したことがありません…。「80%以上の企業で違法な基準外労働が行われている」現状をどうにかして欲しいです。ディスカッション後のアイデア出しで、やはり制作者共通の悩みと要望があることがわかりました。制作者の厳しい労働環境と低い給与水準を改善させたい。そのためには舞台芸術の創作・事業を経済活動として第三者にわかる形で示す必要があります。報告によると「企画制作料」が助成金の対象経費と認められるまでに17年かかっていました。先輩方のおかげで私たちは昔よりも恵まれた環境にあります。歴史をふまえた上で現状を分析し、自分たちの望む環境、未来を手に入れるべく、皆で協力して声を上げていきたいと思いました。レクチャー、2つの報告、ディスカッションでたっぷり5時間、その後に懇親会も開かれ、ON-PAM会員同士とゲストは密な交流ができたと思います。前回に続きインプットとアウトプットをセットにした長丁場のイベントを体験して人間はその場を共有する人たちと長い時間をともに過ごすことが大切なのだと再確認しました。

高野しのぶ