ON-PAM委員会2024 「そもそもON-PAMってなんだろう?」レポート
2026.6.8
日時:2024年3月9日(土)17:00-18:00
会場:BUKATSUDO ホール、オンライン(Zoom)
登壇者
ホスト:臼田菜南、加藤七穂、鳥井由美子(以上、ON-PAM事務局)
スピーカー:坂本もも、塚口麻里子、野村政之、橋本裕介、丸岡ひろみ(以上、ON-PAM理事)、藤原顕太 他
ON-PAM委員会2024 「そもそもON-PAMってなんだろう?」
本企画は3月に開催されたON-PAM委員会のプログラムの1つとして実施されたON-PAM事務局スタッフの加藤七穂が、2023年で10年を迎えたON-PAMの立ち上げの経緯や現在までの活動について話を聞きたいと、本プログラムを企画し、同じく事務局スタッフでもある鳥井由美子と臼田菜南と共同で実施した。創立時のメンバーや現ON-PAM理事がスピーカーとなり、対話形式で当時を振り返った。当日のようすを臼田より報告する。
ON-PAMが立ち上がることとなった“3つの背景”
当日は、創立時を知る人から若い世代まで、約25名の参加者が集まった。少数であるがON-PAM会員でない参加者もいた。まず始めに、加藤から企画の経緯を説明。「ON-PAM会員であるものの、理念をちゃんとキャッチできているか自信がない。改めて立ち上げの経緯や現在までの活動を知りたい。また、ON-PAMに入っていない方々に、どのように魅力を説明して良いか悩んでいるON-PAMが大切にしていることや、会員であることの良さを知りたい」と語った。
つづけて、会の構成は【セゾン文化財団ニュースレター「view point」第63号(2013年5月20日発行)橋本裕介◉孤独と連帯ー「舞台芸術制作者オープンネットワーク」発足に寄せて】を参考に検討したと話し、ON-PAMが立ち上がることとなった経緯を振り返るポイントとして3つの背景を提示して、スピーカーに当時の詳細を聞いた。
①「創造型劇場の芸術監督・プロデューサーのための基礎講座」での出会い
この講座は、セゾン文化財団が2010年度に、こまばアゴラ劇場との共催で実施した連続講座である。運営を担当していた野村政之から説明がなされる。「2012年に劇場法が制定されることとなったのをきっかけに、若手が文化政策を学ぶ機会として企画された講座です。実は講座が終わって間もない頃に東日本大震災が発生した。ちょうど講師も含めた参加者同士のメーリングリストがつくられていたので、このグループを活用して『仕事における震災の影響を共有しましょう』と呼びかけた。
すると、当時巻き起こっていた『震災の影響による公演中止の場合には助成金が交付されないという判断』への疑問が投げかけられ、その声が早く共有されて判断が変わったという出来事があった。これまでは舞台芸術従事者同士の横のつながりがうすかったので、手を取り合うことに手ごたえを感じたきっかけであった。この頃は他の人たちも、横のつながりを大きく意識するようになったと思う」と語った。
②Next(現:ネビュラエンタープライズ)が培っていた制作者のネットワーク
ON-PAM立ち上げの頃にNextに所属していた藤原顕太から同社の取り組みについて説明がなされる。「Nextは、演劇集団キャラメルボックスの制作をしていた、株式会社ネビュラプロジェクトの部署が独立してできた会社。劇団の制作者が本来的なプロデュース業務に専念できるように業務の一部を代行できたら、という想いで事業がつくられた。チラシの折込代行がメインであるが、情報共有データベースをウェブサイトに作成したり、他劇団のサポートになるような仕事を行うなど、様々な事業を行っていた。
舞台制作者がいま何を考えているのかをリサーチする必要があると感じたときには、複数の劇団が参加できるイベントとして、チラシの折り込みを考える会や、忘年会やフットサルなどを実施した。やわらかい横のつながりがあったので、震災が発生した際も『皆さん、何を考えているのか聞かせてください』と呼びかけを行った。しかし、聞いたことをどう改善などにつなげていくか、悩んでいた」と語った。
③TPAM(現:YPAM)独自の流れ
TPAM(現:YPAM)については、YPAMのディレクターを務める丸岡ひろみから説明がなされる。「TPAM(Tokyo Performing Arts Market)は、現在のYPAM(Yokohama International Performing Arts Meeting)のこと。舞台芸術の見本市から始まったイベントで、初期の頃は東京で実施していたが現在は横浜で開催している。見本市自体が“話す場”、つまり“プラットフォーム”になっていることに気がつき、そのような運営に努めていきたいと、2011年にはmarketからmeetingに名前を変えた。一方で、このような横のつながりを生む場所があっても属人的であると他の人たちが使うことができない、顕在化させられるような“オープンネットワーク”という考え方があればよいと思った」と当時を振り返る。
それぞれが“横のつながり”という共通した視点から各課題を抱えていたことが共有された。丸岡によると「当時、その現状に満足していない、自分たちが集まり、この状況を変えなければと思った。立ち上げにあたっては、オンライン会議という考え方がメジャーでない時代、セゾン文化財団の支援と、Nextが会議室を解放してくれたので、頻繁に集まり2年ほどかけて議論を重ねた」という。
つづけて「ネットワークの考え方にはIETM (International Network for Contemporary Performing Arts) から影響を受けた。“ネットワーク”には種類があるが、われわれが採用した“オープンネットワーク”は、アドボカシー(提言)を重要な役割とし、メンバーはできるだけフラットな関係を保つ。また、サブネットワークを形成することができ、それを応援することも可能だが、全体の意思統一は必要としない。これは弱さも持ち合わせるが、自由な活動ができる。」と、オープンネットワークの詳細についても紹介がなされた。
現在地を振り返る
つづいて、現在のON-PAMについて、2つのトピックをあげてディスカッションを行った。
「会員の参加姿勢の変化」
まず臼田よりスピーカーへ、ON-PAMの気になる変化を投げかけた。「立ち上げ当初は、会員になる際に3つの委員会(「文化政策委員会」「国際交流委員会」「地域協働委員会」)のいずれか1つへ参加することが必須であったと知った。現在はそうではなく、会員として能動性を求められることは少ないと感じている。一方で、“能動的でない(=受動的な)参加”という在り方もあってよいと感じるが、どう思うか」と会員の参加姿勢について言及した。
これに対して塚口麻里子が発言する。「委員会への参加が必須でなくなったのは、それぞれの委員会についてどれも共通するイシューがあり、縦割りにはできないという点が見えてきたから。地域協働委員会と国際交流委員会が一緒になって企画運営していたこともあった。当時より各会員の能動さは減ったような気がするが、能動的な参加のありかたとして現在は、会員自体が企画を提案、実施することのできる“会員提案企画”が存在していると思う」と語った。
「会員となった若手制作者の声」
つづけて加藤が、立ち上げの頃は舞台芸術業界に携わっていなかった若い世代に向けて、ON-PAMへ入会したきっかけや、ON-PAMに対し感じていることを聞いた。
最初に答えたのは河﨑正太郎。フリーランスの制作者であり、演劇団体「譜面絵画」の制作を担っている。「現在、社会人3年目。最初の2年間は公立文化施設で働いていたが、昨年の春からフリーランスで働いている。ON-PAMの事業のひとつで若手向けに企画されている、Next Producers Meetingに参加したことをきっかけに、同世代の制作者に出会うことができた。これまでは大学内の知り合いがほとんどだったので、横のつながりを得ることができた。今後も自分の知識や興味がひろがっていきそうだ、学びの多さが大きいだろうと思い、ON-PAMに入会した」と語った。
次に発言したのは松波春奈。松波は、全国公立文化施設協会やON-PAM事務局に所属するほか、主にコンテンポラリーダンスのジャンルでダンサーや制作業務も担っている。現場で働く機会は少ないそうで「ON-PAMに居ることで、現場の声が届き、それぞれの感覚的な思考を知ることができている。それが自分がこの業界で仕事をするなかでプラスに作用している」と話した。
この先の10年、何が必要?
最後に、この先の展望についてそれぞれの意見を交わした。具体的な行動案が述べられたほか、改めてON-PAMの在り方が捉え直されるなど、話題は広範囲に及んだ。
「それぞれが議論すること」
野村は感染症の影響について言及。「新型コロナウイルスは、公立文化施設や舞台芸術にも大きな影響をもたらしたと思う。公立文化施設が市民を守る側から、守られる側に変化したと感じる。それは苦しい立場で、舞台芸術もそれにならってしまったら、舞台芸術従事者は価値を提供していくのではなく、観客から助けてもらう立場になってしまう。それは良くないと思う。
もちろんそうではない活動をしている人はたくさんいるし、最近は民間施設の取り組み方が力強い流れをもっていると感じる。ON-PAMのいいところは個の人も民間の人も、個人で所属して議論ができる場所であるということ。パフォーミングアーツを土台にしてどのようにポジティブに変換していけるのかを頑張っていけるとよいと思う。他の意見もあると思うから聞きたい」と答えた。
つづいて橋本が発言する。「設立当時は、課題だと認識している状況をどういうふうに変えたらよいのか、その声をどこに届けたらよいのかと模索するなかで、個人の声だけでは何も変わらないと感じ、ネットワークをつくったり、人と一緒にアイデアを練り、共に仕事をすることが大事だと思うようになった」と振り返りながら、「今後も、何を課題と思っているか、改めて共通認識を持つ必要があると感じる。集まっているからこそできることをON-PAMのアドバンテージと捉え、そのためにも皆さんの声を集めていかなければと思っています」と語った。
「若い人に知ってもらうには」
加藤が「若い人がもっと増えたらいいと思う」と話すと、その言葉を受けて坂本ももが「ON-PAMのいいところは多様な働き方をしている人がたくさんいるところだと思う。この職業は定型がないから働き方も違うし、収入も違う。例えば、私はON-PAMを立ち上げた世代の人たちの現場にサブスタッフとしてついて学んだ世代だが、制作の師匠と思ってきた数人が劇団を辞めて東京を離れた。寂しさもあるが、場所や職種を変えたりしながらも舞台芸術に携わることができるのだと、働き方の提示をしてくれたようにも感じた。個人がどのような働き方をしているのか、次世代の人たちへ向けてそれを示せる企画やコミュニケーションがあれば、若い人たちがもう少し参入しやすくなるのではないか」とこたえた。
さらに丸岡は「皆さんの世代(若い世代)が間違うことを恐れずに意見を言っていったらいいと思うし、そういう環境であるべきだと思う。提案されたら素晴らしいと思う」と語った。それを受けて臼田は「SNSが隣り合わせの時代であるから、直接会話できる場であっても“意見する”という行為に対して不安感がある。発言によっては仕事が減らされていってしまうのではないかと。だからこそ、今回のような場で、業界の先輩方から『発言していったらよい』と言ってもらえることは安心する」と話した。
坂本もそれに同意しながら「どうしても利害関係があって、特に集団をもっている人にとってはバックグラウンドに影響を及ぼしてしまうという懸念から、下の世代になるほど発言のしづらさがあると思う。しかしON-PAMはオープンネットワークだから、対等に話すことが尊重されているはず。それがもっと知られていったらよいのでは」と発言した。
塚口からは「発言するための道すじは、現在は少ないだろうか」と質問が投げかけられると、松波が「これから広がっていく段階なのだと思う。議論の場は少なくないと思うが、意見を言っていい場所であるのだという周知がまだ充分ではないのかもしれない」とこたえた。つづけて坂本が「NPM(Next Producers Meeting)に関して、企画の規模的が小さく、これまでは特定のアーティストや制作者にフォーカスする形の事業になってしまったが、受益者をもうすこし広げていくことも必要だと思う」と語り、松波の意見に共感を示した。
「ON-PAMは起点であり、旗を立てる場所」
藤原は「ON-PAMの良い点は、舞台芸術業界において何か必要なことやひっ迫していることがあったとき、改善や実行のための立ち上げにあたる起点を担えることだと思う。誰かの利益を気にするのではなく、個人にとって何が必要かというのがスタート地点にあると感じる」と語った。
つづけて、設立時にON-PAMの理事であった大平勝弘も発言した。「2010年頃は、それぞれの働き方について語る機会が、現場ではもてていなかった。思っていることがあっても、外部に届けていく方法がない、狭い世界なのに足の引っ張り合いをしているようだと感じていた。そんななかで、震災をきっかけにつながりが生まれるようになり、ミーティングや合宿をしながら議論をして立ち上げていった。理事を退任した後は海外にいたが、10年振りくらいに戻ってきて若い人たちから話を聞くことができ、この会がある種成長したのだと思った。それぞれのやりたいことは異なるから、ON-PAMではひとつのレールをつくることはできないと思う。旗は立っていて、それを見ながら個々に還っていく組織なのだと思う」と語った。
最後にホストよりひと言ずつコメントを述べた。
鳥井は「みんなが同じ方向を向く場ではないという点に共感した。そのようななかで事務局としては、ひとりひとりの存在を掘り起こしていけるような取り組みを実施していけたらよいと思った。距離感を保ちつつ、縮めることもできたら。前向きにやっていきたい」と話した。
臼田は「ON-PAMに参加したことで、舞台芸術業界の心強い先輩方との出会いに非常に恵まれたと感じている。今回改めて、設立の経緯について話を聞くことができてよかった」と話し、ON-PAMを立ち上げて継続しつづけたメンバー一同に感謝を述べた。
加藤は「ON-PAMに何が求められているのか、そして何ができるのか、今日の会話を整理して、今後に活かしていきたい」と話し、一層能動的な活動への意欲を示しながら、本プログラムを締め括った。
執筆:臼田菜南